黄熱病の話

2009年 9月

助手:黄熱病ですと、前回に続いて野口英世の研究が有名ですよね。
博士:うむ。24歳で米国にわたった英世は蛇毒や梅毒の研究など数々の業績を上げたことが評価され、ロックフェラー財団の意向を受けて当時世界的な問題となっていた黄熱病の研究のためエクアドルに派遣された。英世は黄熱病の病原体を梅毒と同様なもの(細菌)と考え、寝る間も惜しんで研究し、わずか9日間で病原体を発見した。
助手:すごいですね。多くの研究者が発見できなかったものをわずか9日間ですか。
博士:英世はすぐに黄熱病予防のための「野口ワクチン」を開発し、エクアドルに広まっていた黄熱病は沈静化した。功績を称えられ世界の救世者として細菌学の頂点に立った。しかし、4年後に、野口の発見したものは黄熱病の病原体ではなかったことが判明する。
助手:え? どういうことですか?
博士:西アフリカで黄熱病を研究していたロックフェラー研究所の同僚が、野口ワクチンがアフリカでは効果が無いという論文を後に発表し、野口の発見が否定された。これを受け、英世はガーナに行き黄熱病の研究を再開する。黄熱病はその後1940年代に電子顕微鏡が開発され、当時発見できる細菌ではなく、より小さな存在であるウィルスが病原体であることが判明しており、結果的に英世の発見は間違っていた。
助手:残念ですね。野口英世自身も黄熱病で亡くなったと聞いています。
博士:

そうじゃ。

助手:そもそも黄熱病というのはどんな病気ですか?
博士:

今でこそ予防接種が出来て、それほど恐れられていないが、旅行者では50%死亡する怖い病気じゃった。ネッタイシマカが媒介し、出血や黄疸を引き起こす感染症じゃ。

助手:

ネッタイシマカというとデング熱やチクングニヤ熱などのウィルスも媒介するんでしたよね。

博士:お、よく勉強しておるな。
助手:東南アジア生活が長かったですから。左の欄にも”デング熱の話”は掲載されていますし。
博士:チクングニヤの方は、元々マコンデ属の言葉だったそうだから、タンザニアとも縁が深い。元に戻って黄熱病じゃが、ウイルスを持った蚊に刺されても発症しないケースも多い。しかし、通常は3日から6日後に突然の発熱、頭痛、筋肉痛、悪心、嘔吐を引き起こす。症状が進むと、全身から出血し黄疸が出現する。熱と黄疸で黄熱病という名前がつけられた。
助手:全身から出血って、エボラ出血熱みたいで怖いですね。治療法はありますか? 抗生物質とか?
博士:ウイルスじゃから抗生物質は効かないし、治療法は特にない。従って、予防接種をしっかりしておくこと、蚊に刺されないようにすることにつきる。
助手:タンザニアでも流行しているんですか?
博士:黄熱病のリスクのある国は以下の地図の通りで、タンザニアもしっかり含まれている。

助手:そうするとやっぱり入国時にはイエローカードが必要になるわけですか?
博士:当地に来る場合には、黄熱病の予防接種をしておいた方が良いのは確かじゃが、日本など黄熱病の無い国から来る場合にはイエローカード、即ち黄熱病予防接種証明書の提出は不要なはずで、これについては当国保健省にも確認済みじゃ。
助手:でも、日本から来たお客さんが提出を求められたっていう話は時々聞きますよ。黄熱病の証明書を持っていないから金をせびられたるという話も聞きましたが、そうすると、それは担当官にイエローカードをこっちが出さないといけない、という感じですね。
博士:うまい。その通りじゃが、新型インフルエンザがタンザニア国内でも流行し始めた関係で、空港での健康調査票提出の際にイエローカードは?と問われている。まあ、金をせびるのはもってのほかじゃが、日本からの直便は無いんじゃから問われること事態は仕方が無いと言える。また、タンザニアから他の国に移動する場合にはイエローカードの提出が義務づけられていることも多いので、黄熱病のワクチンは受けておいた方が良い。
助手:けっこう痛いんですよね。また注射後熱が出た、という話もよく聞きます。
博士:CDC(米国中央医薬品管理局)によれば、10%から30%に微熱や頭痛などが生じて1%が日常生活に障害が出ているとしている。またWHOによれば、まれではあるが死亡例も報告された。
助手:

えー? 予防接種で死んでいるんですか? 
博士:
300万本が世界中で接種され、その中での数人じゃ。どんな予防接種でもそうじゃが、接種しない場合のリスクの方がはるかに高いことを考えるべきじゃ。
助手:
わかりました。日本から来る友達に伝えておきます。話は戻りますが、チクングニヤって、マコンデ族の言葉だったんですか? 驚きました。
博士:
そうじゃ。”かがんでで歩く”という意味で、恐らく、主たる症状である関節痛のためにそんな格好になった様子から来ていると思われる。1952年のタンザニアの流行で初めてウイルスが分離され、その名前がつけられた。
助手:
やー、それにしても蚊が媒介する病気は、マラリア、黄熱病、デング熱、チクングニヤ熱って、いっぱいあるんですね。マラリアもそうですが、なかなか根絶というわけにはいかないんですね。
博士:
特に黄熱病ウイルスは各種の動物と蚊の間でサイクルが形成されているため、絶滅は困難なんじゃ。
助手:
感染するのは人と蚊だけではないから、対策が立てにくい、ということですね。
博士:
うむ。DDTを使って蚊を駆除すればウイルスが無くなるわけではないから難しい。
助手:
そう言えば、タンザニアでマラリア対策としてDDTの使用をすすめるという話が新聞に出ていましたが、安全性に問題は無いんでしょうか?
博士:DDTは残留性汚染危険物質として指定され、1971年以降多くの国で使用が禁止された。しかし、その後マラリアが世界中で勢いを取り戻し、またその毒性についても当初考えられていたよりも限定的であるなどの発表があり、WHOは2001年9月に、マラリア対策として発展途上国では限定的ではあるがDDTを使用することを推奨することになった。
助手:
そんな経緯があるんですか。DDTは悪い殺虫剤の代名詞のように思っていました。
博士:
1960年代にDDTは発癌性があるとされたが、その後、米国ガン研究所のチームがサルで長期実験を行い、発癌性が無いという結果を発表した。実際に戦後大量にまかれた事によりガンが増加したという報告はない。またDDTにとって代わって登場した農薬パラチオンの方がより毒性が強かったという事実もある。
助手:
いやー、今回はいろいろと勉強になりました。目から鱗の話もありました。
博士:
君の場合、目の鱗は数限りなくありそうじゃから、何枚も落とせそうじゃな。何度言っても理解が少なく、二階から目薬って感じじゃし。
助手:
面目ない。しかも、タンザニアの家は天井が高いですから、三階から目薬って感じですね。でも、それって、タンザニア人全般に言える感じがしますが・・
博士:
それ以上言わん方が良い。イエローカード1枚!

 












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