続・黄熱病の話

2010年 5月

助手:博士、今回も黄熱病のお話ですね。
博士:うむ。最近、黄熱病ワクチンに関する問い合わせが多いんでな。
助手:前回の”黄熱病の話”によれば、日本からタンザニアに来る場合に黄熱病ワクチン証明書、イエローカードはいらない、ということでしたよね。
博士:そうじゃ。しかし、当地は黄熱病流行のある国(黄熱リスク国)と指定されているから、タンザニアから外国に入国する際にはイエローカードの提出を求められるケースは少なくない。
助手:タンザニアからどこの国に行く場合に必要なんですか?
博士:

具体的には厚生労働省検疫所の下記ページに国ごとの記載がある。※

厚生労働省検疫所HP

助手:このリストで見ると、黄熱リスク国からの入国の際にイエローカードを要求している国の方が多いですね。すべての国からの入国に際して提出を求めている国も、アフリカでは少なくないですね。
博士:

そうじゃ。

助手:黄熱病ワクチンを接種できない人、というのもいますか?
博士:

黄熱病ワクチンは弱毒化した株を孵化鶏卵に接種し、感染した鶏胎児組織を乳剤にして希釈し、凍結乾燥させた生ワクチンじゃ。したがって、鶏卵にアレルギー反応を示す人は、接種に注意が必要じゃ。

助手:卵アレルギーの方は、注意ということですね。妊産婦さんはどうですか?
博士:生ワクチンじゃから、妊産婦の場合、妊娠6ヶ月以内は避けた方が良い。
助手:免疫が落ちている方はどうですか?
博士:免疫抑制剤や抗がん剤などの接種を受けている方、HIV陽性患者さんは、避けた方が良い。
助手:ワクチン接種ができない方は、黄熱病流行地に入らない方がよい、っていうことになりますか?
博士:そうじゃ。まあ、HIV陽性であってもCD4陽性細胞が200/μL以上の症例で黄熱病ワクチンを接種したところ35%に十分な抗体が出現したとのデータもあり、ワクチン接種が有効なケースもあるじゃろう。しかし、免疫が低下している方にとって危険であることには間違いがない。※
助手:博士、そもそも黄熱病って、いつからあるんですか?
博士:1851年にパリで第1回国際検疫会議が開催され国際衛生条約が初めて起草されたんじゃが、そこで3大感染症として指定されたのは、コレラ、ペスト、黄熱じゃ。それ以前で言えば、1740年代の中央アメリカ、1770年代のアフリカで黄熱病についての報告がある。
助手:ずいぶんと昔からある病気なんですね。中央アメリカと言えば、パナマ運河建設が最初うまくいかなかったのは、黄熱病のせいだったという話を聞いたことがあります。
博士:よく知っておったな。スエズ運河の建設に成功したフランス人レセップスは、1879年にパナマ運河の建設に着手した。しかし、財政難に加え、黄熱病が大流行して死者が多数出たため、断念した。
助手:ワクチンも当時はなかったでしょうからね。でも、その後、どうなったんですか?
博士:

米国政府が事業を受け継いだんじゃが、米・西戦争中にキューバで黄熱病の撲滅に成功していた軍医であるウィリアム・クロフォード・ゴーカスが現場に送り込まれた。ゴーカスは黄熱病の媒介蚊であるネッタイシマカ(Aedes aegypti)を駆除する対策をとり、1904年に流行を抑えることに成功した。その後パナマ運河建設が再開され、1914年に開通したんじゃ。 

助手:徹底的に蚊を駆除したんですね。
博士:当時はそうするしか方法がなかった。病原体が細菌より小さいことはわかっておったが、ウイルスとして分離されたのは1926年で、ワクチンの完成は1951年にノーベル賞を受賞したマックス・タイラーの研究まで待たなければならなかった。
助手:今は、ワクチンもあるし、殺虫剤を染み込ませた蚊帳もある、というわけですね。
博士:
そうじゃ。黄熱病、マラリア、チキングニア、いずれも蚊が媒介する疾患じゃ。さらに、今年1月に、タンザニアで初めてデング熱も報告された。
助手:
え? デング熱もですか。デング熱ってタンザニアには無いのかと思っていました。
博士:

デング熱も黄熱病と同じくネッタイシマカが媒介する発熱性疾患であるが、 これまではっきりとした報告がなかった。しかし、タンザニアから日本に帰国した旅行者が発熱し、国立感染研でその原因を調べたところデング熱ウイルスであることが判明した。

助手:
ますます、防蚊対策が必要ですね。そうなると、オリセットネット※、必須ですね。
博士:

先日、オリセットネットを製造しているアルーシャにある住友化学支援のAtoZ社の工場を見学させてもらったが、すばらしく管理の行き届いた工場で驚いた。出来上がった蚊帳に穴が空いていないかの検査を目視で全品に行なっており、これなら安心して使用できると感じた。寮、食堂、サッカー場なども完備され、職員の福利厚生にもずいぶん配慮された清潔な工場じゃった。

助手:
凄いですね。タンザニアレベルを超えていたわけですね。
博士:

いや、むしろ、タンザニアでも、これだけのレベルの仕事が出来るんだと感心した。まじめにテキパキと作業をこなしていた。織った布を一定の長さに切る作業を行う際に小走りで行うなど、タンザニア人でも急いで仕事することがあるんだと驚かされた。指導の仕方が良ければ、たとえ君であってもテキパキと仕事をこなせるようになる可能性があるということかもしれん。

助手:
えっ、私の話ですか? アルーシャはダルエスサラームに比べて気候も良いようですから、寮にでも入れてもらえば工場で働くのも悪くないかな。
博士:寮は基本的に女子寮のみで、男子は通いじゃ。最初の頃、男子が女子寮にもぐりこんでトラブルになったことがあるらしい。
助手:
あはは、そこはタンザニアらしい話ですね。
博士:
工場では、タンザニア人従業員に貯蓄の大切さを教えるなど、生活全般にわたる教育・啓蒙活動を定期的に行っておるとのことじゃから、君も少し工場で修行させてもらうと良いかもしれん。実際、地元では優良企業として人気が高い。わしが見学に行った時にも、工場の受付に、雨の中、大勢の就職希望者が列をなしていた。
助手:
そんなに希望者が多いんじゃ、雇ってくれないですね。もう少しここで、がんばることにします。博士、一生懸命働きますので、引き続きご指導のほどよろしくお願いします。
博士:
いつもそうした殊勝な心がけで働いてくれれば、いいんじゃが。君の場合、”喉元過ぎれば熱さ忘れる”、じゃから困ったもんじゃ。
助手:
そのことわざって、どっちかっていうと、ここはアフリカですから、”喉に症状があれば熱くても耐えられる”。つまり喉が痛ければ熱があってもマラリアや黄熱じゃなくて風邪だから大丈夫、ていうことわざにした方がいい感じですね。
博士:
うまいこと言うな、って感心している場合じゃない。意味がわからん。それに、流行地では発熱があれば、マラリア、黄熱、チキングニア、デング熱、腸チフスなどの重症感染症をまず想定して検査するべきじゃ。咽頭痛があるからといって安易に風邪としてはいかん。現に、ついこの間も、邦人で、微熱じゃったが倦怠感などの不定愁訴程度であったため診断が遅れ、脳マラリアになってしまった症例もある。それにデング熱ならば出血性といって・・・・
助手:まあまあ、そんなに根詰めて考えなくても、しゃれですから。気楽にやりましょうよ。
博士:・・・・。だめだこりゃ。住友化学さん、しばらくの間、工場で教育してやってください。

※厚生労働省検疫所HP

※旅行医学 海外渡航者の健康管理と診療 海老沢功著 参照

※住友化学グローバルベクターコントロールHP










コメント

このブログの人気の投稿

医療落語「博士と助手」オリジナル

南海トラフ地震 関連情報

著書:想像を超えた難事の日々(増刷)