保険の話

2010年11月

助手:

博士、当地に来て2年位経ちますが、おかげさまで大きな病気もせず、お腹もそれほどこわしていません。東南アジアにいた時よりも、感染症にかかる割合は少ないような印象さえあります。

博士:

確かに、インドやインドネシアなどと比べて消化器系の感染症で激烈なものは目立たないが、少ないわけではない。あまりお腹を壊さなくなったのは、君自身に既に免疫が備わってきているせいかもしれん。

助手:

それはあるかもしれませんね。日本から初めて当地へ来た方は、お腹をこわしているようですね。

博士:

東南アジアでは一部の地域でしか流行していない悪性マラリア、即ち熱帯熱マラリアが当地では都市部でも流行している。さらに、以前はタンザニアで報告されていなかったデング熱の流行も広がっており、感染症が少ないという認識は間違っておるぞ。

助手:

そうですね。黄熱病もありますしね。

博士:

黄熱病に関しては、報告が減っており、WHOは来年から、タンザニアを黄熱病リスク国からはずす予定のようじゃ。

助手:

そうなんですか。イエローカードが必要なくなれば、入国時にすったもんだしないで楽ですね。

博士:

ただ、この国のことじゃから、移行期、しばらくの間は、イエローカードについての混乱は続くと思った方がよさそうじゃ。 周辺国の黄熱病リスク指定は不変のようじゃから、ワクチンは受けておいて方が賢明じゃろう。

助手:

わかりました。黄熱病ワクチンの接種は友人に勧めておきます。でも、マラリアは確かに怖い病気だと思いますが、タンザニア人は誰でもなっている病気ですし、治療薬もあるようですから、そんなに心配はないようにも思いますが。

博士:

タンザニアにおいて、小児における死亡原因の第一位はマラリアじゃ。ただ、小さい頃にマラリアを何回も経験することにより、多少の免疫が獲得され、大人になってから罹患しても軽くすむようになっているんじゃ。日本などの清浄国から来た場合は、当地で生まれた赤ん坊と一緒であり、全く免疫がないため、タンザニア人よりも重症化する。薬もアルテミシニンの合剤(ACT)であるCoartemなどをきちんと処方されれば良いのじゃが、今だに一部の医療機関ではそれ以外の古い薬が使われていることもあり、つい先日も、今はほとんど使われていない抗マラリア薬の副作用で亡くなったタンザニア人の子供がいた。治療開始が遅れ、脳マラリアとなれば、当国でまともな治療は期待できないため死亡率は高い。マラリアの治療においては「5日目に死神が立っている」、つまり発病後5日目以降に治療が開始された場合に、その半数が重症化、あるいは死亡すると、国立国際医療センターの狩野繁之医師は述べている。※

助手:

”5日目に死神”、ですか。会いたくない神様ですね。重症化した場合には、タンザニアでの治療は無理なのですね。ケニアのナイロビまで行けば大丈夫ですか?

博士:

以前はナイロビに運んでいたケースも多かった。しかし、最近は、当地でマラリアになりナイロビで治療したが脳マラリアになり手に負えなくなり結局南アに運ばれたケース等もあり、アフリカでの移送先のファーストチョイスは南アとなっている。

助手:

そうなんですか。マラリアはやはり怖いですね。他には、どんな病気の時に、外国で治療を受けたほうが良いですか?

博士:

当地には欧米など外国で勉強してきている優秀な医師も多いので、基本的な初期対応はたいていの場合可能じゃ。手術も上手かもしれん。しかし、問題は手術後の管理じゃ。医者は手術をするだけで、その後の傷の消毒や管理にはたずさわらないことが多い。

助手:

となると、消毒をするのは看護婦さん、となるわけですね。

博士:

看護師の数も極端に少ないこともあり、実際に消毒しているのは看護助手さんや、その他、医療職でない方、というケースも見受けられる。看護師さんが消毒を行ったとしても、日本のような丁寧な消毒操作はあまり行われていないのが現実じゃ。

助手:

看護学校では教えていないのでしょうか?

博士:

教えているとは思うが、実際問題として、当地の人たちは子供の頃に多くの細菌やウイルスに暴露され生き残ってきた、ある意味”サバイバー”じゃから、いい加減な消毒操作でも耐えられる体になっているような印象じゃ。同じ処置をしても、日本人の場合には、感染症を起こしてしまう。実際に、これはインドの話じゃが、現地で急性虫垂炎(盲腸)の手術をした後、手術そのものはうまくいったのに、術後の腹部の傷の感染症がひどくなり、日本に移送された例があった。医療ツーリズムが盛んなインドでさえ、そんな状態であり、言わんや当地は、?じゃ。

助手:

なるほど日本は清潔な国なので、細菌などの感染症に日本人は弱いんですね。そうすると、当地でも盲腸の手術も受けない方が良いということですね。

博士:

うむ。手術は止む得ないケースを除いて、可能な限り先進国、少なくとも南アまで出て受けたほうが良い。輸血による感染症のリスクもある。

助手:

でも、当地で治療を受けるかどうかの判断を素人がするのは難しいですね。先進国に出るといっても費用がかかりますし、状態が悪ければ、飛行機にも乗れないかもしれませんしね。

博士:

そのための海外旅行傷害保険じゃ。現地でどこの医療機関を受診したら良いかの相談、現地の主治医との情報交換、緊急移送の判断、移送する場合の同行医療者のアレンジ、移送手段の確保など、全てやってくれる。コールセンターに連絡すれば、24時間日本語で対応してくれるから安心じゃ。

助手:

そうすると、医療機関にかかる前から相談しておいたほうがよいですね。

博士:

そうじゃ。無駄な医療費を使わないためにも、予め相談しておくことが肝心じゃ。そして、余裕があれば、けちらず十分な額の契約をしておくことをお勧めする。

助手:

でも、当地で医療費がそれほど高額になるとも思えませんから、疾病治療費用で300万円位に契約しておけば十分なんじゃないですか?

博士:

確かに、当地での医療費のみを考えれば300万円を超えることはまずない。しかし南アに移送された場合には、移送費だけで数百万円かかることもある。さらに南アの医療費は年々高騰しており、ヨハネスブルグの病院のICUに入った場合、1日50万円程度かかることを覚悟した方が良い。

助手:

えー、1日50万円ですか。そうすると10日もいれば500万円。300万円なんて、あっという間になくなってしまいますね。じゃあ、1000万円位かけておけば良いですね。

博士:

もし、日本への移送・治療を希望するのであれば、疾病治療費用、傷害治療費用、さらに救援者費用については2000万円位はかけていてもらいたい。移送に商用機が使えず、専用機を使って医師を同行させて帰国することになった場合、合計、つまり疾病費用or傷害費用+救援者費用で4000万円の契約があれば、足が出ることはないじゃろう。

助手:

それだけの額をかけていないと、日本まで運んでくれない可能性がある、ということですね。”アフリカの沙汰も金次第”でしょうか。

博士:

仕方がないな。ただ、移送先などの判断は疾病や傷害の状態による。あくまで患者さんの状態が許せば、ということじゃが、基本的に先立つものが用意されていなければ、日本へ移送されるチョイスはないと思った方が良い。

助手:

確かに、出来ることならば日本まで運んでくれた方が、付き添いや家族のことなども考えると、ありがたいですね。

博士:

そうじゃ。病気や事故に遭遇して、そのまま旅行を続けるということは通常ありえないし、そもそも簡単に治療が終了するような病気であれば緊急移送されないんじゃから、最終的には国民健康保険が使える日本での治療を受けたほうが良いのは確かじゃ。また、どんなに外国語が堪能な人でも、こと病気に関しては自国語で説明を受けることが、メンタルヘルス上も良い。

助手:

確かに、気持ちの面も重要ですよね。外国語で医療用語の説明を受けてもなかなか理解できないですし、かえって不安が増すこともありますね。でも、4000万円もかけたのでは、保険の負担は相当増額になるんでしょうね。

博士:

そんなこともない。疾病治療費用の300万円を2000万円に増やしたとしても、追加される金額は、個人の場合、年間で数千円程度のはずじゃから、是非検討してもらいたい。ただ、既往症の悪化の場合や過激なスポーツによる外傷などの場合、免責、つまり保険が適応されないこともあるから、予め良く調べておく必要はある。

助手:

えっ? 既往症はだめなんですか? インドにいた時にお腹を壊したのですが、当地ではそれは適応されない、ということですか?

博士:

心臓や内科系の慢性疾患が既往症として問題になることがあるが、食中毒や感染性胃腸炎は、基本的に毎回完全に治癒する病気で慢性化するわけではないから、既往症の悪化によるという定義にはあてはまらない。詳細は保険会社に個別に確かめておくと良い。

助手:

わかりました。心細く、何かとストレスも多い海外生活ですが、保険で安心を買うようにします。

博士:

さらに言えば、海外ではストレスや不適応が原因で、一時的に精神的な異常を来すことも少なくない。精神的な疾患の場合には、言葉や文化的背景が重要な要素になるため、近隣の先進国に運ばれたとしてもまともな治療は期待できない。医療専門家の付き添いによる帰国が一番の治療じゃ。精神科の疾患であっても、既往症がなければ保険適応とされ移送の判断がなされるはずじゃから、そういう場合にも是非保険会社に相談してもらいたい。

助手:

わかりました。次回から保険金額を増額しておきます。

博士:

日本を出発する前に、きちんと準備しておく必要がある。クレジットカードに旅行傷害保険が付帯されているケースもあるから、要確認じゃ。また、保険会社によっては、世界各地の医療情報や危険情報を会員に公開しているところも多い。是非、旅行前に確認してもらいたい。

助手:

保険と言えば、当地では保険をかけず走っている車も多いようですね。相手側に補償能力が全くなく自分の保険で車を修理したという話を聞きました。 

博士:

そのようじゃな。日本ではありえん話じゃが、当地ではよく聞く。車の保険も重要じゃ。病気もそうじゃが、当地で一番怖いのは交通事故かもしれん。自分の努力だけでは避けきれんこともある。怪我をして運ばれて、手術や輸血をされてしまう可能性もある。

助手:

まさにそうなると”交通事故”で、どうしようもないですね。

博士:

窃盗、強盗、病気、ストレス障害、交通災害、自然災害。海外では、自分の命は自分で守るという気持ちが必要じゃが、防ぎきれないこともある。せめて保険を、ということじゃ。さらに、被害に遭った場合には、警察に届けると共に、大使館にも届けてアドバイスを求めると良い。

助手:

パスポートを無くしたわけでもないのに、大使館にも届ける必要がありますか? 

博士:

邦人援護業務の一環であり、適切なアドバイスをしてもらえることもある。また、届けたとして、個人情報が公開されるわけではない。全体として集計されることにより、海外安全情報※として公開されるから、他の日本人のためにもなる。是非、そうした公共心を持ってもらいたい。

助手:

わかりました。十分な補償の保険に入っておくこと。いざとなったら予め保険会社に相談すること。そして大使館にも相談・報告しておくこと、ですね。

博士:

いい心がけじゃ。当地では治安も悪くなっているから、特に夜は不用意に出かけたりせんようにな。夜に注意するのは、ハマダラカ、強盗、交通事故じゃ。夜、夜間に注意じゃぞ!!

助手:

あれ? なんか、"夜"が意味なく強調されていますが、そろそろ"落ち"でしょうか?

博士:

わかったか? そう、今回は保険の話だけに、約款、やっかん、夜間が気になります・・・。

助手:

・・・お後がよろしいようで。

参照

狩野繁之医師:国立国際医療センター研究所 熱帯医学・マラリア研究部部長

インターナショナルSOS社

外務省海外安全ホームページ









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