検疫の話

2009年 8月

助手:新型インフルエンザ(AH1N1)がタンザニアでも報告されたのですね。
博士:うむ。7月2日にケニア経由で入国した英国人学生が検査の結果新型インフルエンザであることが判明し、ムヒンビリ病院に隔離された。 しかし、経過は良好で既に退院している。同行していた他の学生に問題はなかった。
助手:1人だけだったのですね。
博士:うむ、一人と報告されている。アフリカでも既に7月21日の時点で12カ国から計174人の感染報告がされておるから、タンザニアで 発生しても不思議はなかった。近隣ではケニアで22例、ウガンダで7例、南アで119例が報告されていた。
助手:アフリカでもそんなに報告されていたんですね。我々が休暇で帰国している間の出来事でした。ダルエスサラームの空港で検疫が強化さ れていて驚きました。
博士:入国カードとは別に健康調査票が配布され、それを提出して許可をもらえないと入国できなくなっていた。検査官は皆レスピレーター付の マスクを装着しており、ものものしかったな。

助手:空港の混雑に拍車がかか り、待っている間に病気になりそうでした。
博士:

まあ、政府の方針じゃから、従わな いわけにはいかん。日本もやっておったことじゃし。

助手:日本も5月までは厳しい 検疫が行われていたようですが、今はずいぶん緩和されていますね。他の国はどうですか?
博士:

日本は既に国内発生が主となっていると判断し、水際作成は縮小された。しかし国によってはまだ厳しい検疫を行っている国もある。たとえば中国は、発熱疑いのある人は誰でも隔離しており、数百名の外国人学生が数日間実際に隔離されている。

助手:

検疫って、そもそもいつごろから始 まったんですか?

博士:英語の検疫 quarantineはイタリア語の方言quarantenaを語源としている。40日間という意味だが、中世、大流行した黒死病(ペスト)などの疫病が 船から広がることに気づいたベネチア共和国が、入国前に船を港外に40日間停泊させて様子をみるという法律を制定したことに端を発している。
助手:40日間という意味だっ たんですねね。日本の検疫はいつから始まったのですか?
博士:今の検疫法が制定された のは昭和26年じゃが、歴史は古く、明治12年7月12日に制定された「海港虎列刺(コレラ)病伝染予防規則」が最初で、これがわが国での近代検疫の始まりといわれている。横浜、神戸、函館の3港が指定され、検疫所が設置された。
助手:横浜の検疫所には、あの 野口英世が勤務していたとか。
博士:おっ、よく知っていた な。 明示32年5月から9月までの短い期間じゃったが、この間にアメリカから入港した船でペスト患者を見つけるなどの大活躍を見せている。ここでの活躍が北里柴三郎の評価を受け、清国に国際予防委員会の一員として派遣されることになり、さらに米国、アフリカ等への派遣とつながった。

助手:へー、そうなんですか。 あのテンボーが偉くなった始まりは横浜の検疫所だったんですね。
博士:テンボーって、よく覚え ていたな。そう。英世は小さい時に酷い火傷を左手に負い、手ん棒、テンボーといじめられたとの話は有名じゃ。
助手:そう言えば、最近、野口英世賞が制定されたと聞いています。
博士:昨年から始まったのが野口英世アフリカ賞じゃ。アフリカでの感染症などの疾病対策に資し、ひいては人類の繁栄と世界平和に貢献することを目的として設立された。5年ごとに 開催されるアフリカ開発会議(TICAD)の機会に授賞される。第1回は昨年日本で開催され、ケニアのミリアム・ウェレ博士、イギリスのブライアン・グ リーンウッド博士が受賞した。
助手:そんな野口英世が働いたのが横浜検疫所なんですね。検疫所では感染症の水際対策以外にどんなことをしているんですか?
博士:日本の検疫所業務の柱 は、1.検疫法に基づく検疫・衛生業務、2.食品衛生法に基づく輸入食品等の監視・指導業務、3.感染症法に基づく動物の輸入届出審査業務の3本じゃ。
助手:昨今問題になっている食の安全においても重要な役割を担っているんですね。
博士:うむ。日本はカロリーベースで約60%を輸入食品に依存している。こうした食品が細菌に汚染されていないか、農薬の残留がないか、遺伝子組み換え食品ではないかなどを調べてい る。
助手:

大事な業務ですが、輸入量が多いのでたいへんでしょうね。 

博士:
すべてを検査するわけにはいかないから、その危険性に応じた検査方法をとっている。
助手:
動物の検査も行なっているんですね。
博士:
届出対象動物(哺乳類、鳥類、げっ歯類など)の検査を行ない、動物由来感染症の侵入を防止している。ほか、航空機や船舶から侵入する可能性のある小動物(蚊、ノミ、ねずみなど)が入っていないか、機内や船舶内、港湾なども調べている。
助手:
そういえば、空港、湾周辺の草むらなどに外来種の蚊がいないか調べている映像をテレビで見たことがあります。
博士:
いずれにしても多種多様な業務を少ない検疫官が行なっているのが現状じゃから、新型インフルエンザなどの事態が発生するとたいへんなことになる。今回の騒動で担当者たちはかなり消耗していた。
助手:
ダルエスサラームの空港検疫も早く終了するといいですね。
博士:
新型インフルエンザの流行は数年間は続くと思われる。英国などヨーロッパから夏休みを終えて戻ってくる者も多いと予想され、タンザニアでの流行はこれからが本番じゃ。正直、あの程度の検疫で流入は防げないと考えたほうが良い。日本や中国は世界的には批判され ていたが強力な検疫により流行を遅らせたとも考えられ、また実際今のところ死亡者が出ていない。検疫を強化しなかった米国や欧州は今の時点では新型インフ ルエンザの輸出国になっているという事実がある。
助手:
でもこれからは水際対策ではなく、拡大抑制のためにどんな対策をとれるか、ということが重要ですよね。
博士:その通りじゃ。各国それぞれの対策が行われており、妊婦のメッカ巡礼は控えるようにアドバイスしているイスラム教国があり、信者の舌に聖体 (ウェハース)をおくことを禁止したキリスト教国もある。妊娠を延期するようにアドバイスした欧州の保健大臣さえもいる。
助手:
巡礼などの宗教習慣を控えるというのは、宗教者にとっても相当深刻な事態だ、ということですね。それにしても、妊娠を控えるっていうのは、いつまで?って話ですよね。
博士:
ワクチンが利用可能になるのは9月以降だといわれている。それまでは古典的な社会的隔離政策を徹底せざるをえない。具体的には、休校処置、集会の禁止、スポーツイベントやコンサートなどの延期などじゃ。
助手:
休校にしてもイベントの中止にしても社会的影響が大きいですよね。実施できるかどうかが鍵になりますね。 野口英世にひっかけて言えば、今後の”テンボー(展望)” が気になるといったところでしょうか。
博士:
うまいな。そのためにわざわざ野口英世を持ち出していたんじゃな。
助手:
ばれちゃいました? ”博士と助手”でのダジャレは、私の”検疫ならぬ権益”ですから、誰にもゆずれませ ん。

 













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