がんの話

2010年4月

助手:

博士、がんの治療もずいぶん進歩したように聞いていますが、まだまだ怖い病気なんでしょうね。

博士:

今年の1月1日に日本の厚生労働省が発表した人口動態統計※によると、平成21年の3大死因は、がん、心疾患、脳血管疾患となっており、がんは1981年以来、29年連速で死因のトップを占めている。

助手:
29年連続で第一位ですか。そんなベストセラーがあったら凄いですが、がんだけはゴメンですね。
博士:

年間の死亡者数は114万人で、がんによる死亡は34万人じゃから、3人に1人はがんで亡くなっている計算になる。

助手:

どんな種類のがんが多いんですか? やはり胃がんですか?

博士:
1970年代に第一を占めていた胃がんは横ばい状態で、現在は第2位じゃ。第一位は増加の一途をたどっている肺がんとなっている。
助手:
肺がんですか。やはりタバコの影響でしょうか?
博士:

肺の場合、胃と異なり、手術による治療には限界があり、なかなか治療が進んでいない。確かに、タバコの影響は肺がんのみならず、他のがんでも大きい。

助手:
肺がん、胃がんの次にはどんながんが続きますか?
博士:

肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、すい臓がん、胆管がん、乳がん、食道がん、前立腺がんの順番になっている。

助手:

がんの治療は、悪い部分を切り取るという意味で、やはり手術でしょうか? 手術はたいへんですよね。

博士:

局所に限定され、転移のない状態であれば、基本は手術じゃ。しかし、手術のやり方も進歩しており、低侵襲性になってきている。

助手:
しんしゅうって、長野県あたりの治療法のことですか?
博士:
信州ではない侵襲じゃ。つまり体に負担が少ないって、いう意味じゃ。20年くらい前までは、胃がんで手術をすると1ヶ月くらい入院が必要で、元のように仕事ができるようになるまで半年位かかっておったが、今は腹腔鏡、さらに早期であれば内視鏡により切除ができるようになり、入院期間や快復までの時間が大幅に短縮された。
助手:
内視鏡で済むのであれば、入院もいらないですね。
博士:
うむ。さらに一部の施設ではロボット手術も行われている。
助手:
えーっ? 手術ができるロボットがいるんですか?
博士:

いや、実際は、手術、操作をする医師の手の動きを忠実に、あるいは数分の一に縮小して伝える機械であり、ロボットが勝手に手術するわけではない。しかし、人間が手で行う場合よりも細かい作業が的確に行え、安全性、確実性が高まる。前立腺がんの手術などですでに実施されている。

助手:

すごい時代になりましたね。医者が患者に直接触れる必要がないのであれば、通信回線を使って遠隔地から手術を受けることも可能ということですよね。タンザニアにいながらにして、日本の医者に手術してもらうとか。

博士:

そうじゃな。このロボットも、元々は、戦場の兵士を米国本土からの遠隔操作で治療するために開発されたと聞いておる。日本にいる医師から遠隔操作を受けることも可能かもしれん。ただし、現状では、インターネット回線どころか、停電も多い当地では、とても難しそうじゃがな。

助手:
確かに。今の状態では、ロボットがしょっちゅう動かなくなったり、暴走したりするかもしれませんね。博士、手術の技術が向上したことはわかりましたが、手術が難しいがんの場合の治療はどうなるのでしょう?
博士:
放射線療法、薬物療法の進歩もめざましい。
助手:
放射線って、髪が抜けたり、白血球が少なくなったりと、結構副作用が強いんではないんですか?
博士:

それは、昔の山口百恵主演のドラマの時代の話じゃ。今は正常細胞には影響ないように、がん細胞だけを選択的にたたく技術が飛躍的に進み、体への負担が少なくなった。臓器の機能を温存できる場合も多く、手術と同等、場合によっては手術よりも有効な治療法として認識されるようになっている。

助手:

博士も昔のドラマ、見てたんですね。百恵ちゃんの演技には泣きました。

博士:
それはともかく、照射する放射線もエックス線のみではなく、陽子線、炭素線などの粒子線が治療に使えるようになってきた。
助手:
???、ようしりません、って感じですが。あたらしい線はどんなメリットがあるんですか?
博士:
エックス線の場合、体の表面での作用が最大で深部にあるがん細胞には作用が弱いという欠点があった。しかし陽子線や炭素線は、深度8cmから12cmあたりでエネルギーが最大になる性質を持っており、補正を行うことにより、がん細胞のみに正確に照射し、正常細胞への影響を最小におさえることができるんじゃ。
助手:
これも凄い技術ですね。がん細胞に狙い撃ちって感じですね。
博士:

うむ。すばらしい技術ではあるんじゃが、この粒子線治療は施設建設に膨大な費用がかかるため、都市部以外での建設は難しい。国内には、まだ8ヶ所しかない。 

助手:
必然的に治療費も高い、ということですね。
博士:
うむ。粒子線照射そのものは、まだ健康保険の対象になっておらず、自費負担じゃ。
助手:
博士、薬物療法も進歩しているんですよね。
博士:
うむ。昔の抗がん剤は、副作用も強かった。がんは殺したが体が持たなかったなどという例も少なくなかった。現在は、分子標的薬が主流になってきており、状況はだいぶ変わっている。
助手:
分子を標的に、ってもう少し説明してくれますか?
博士:
従来の抗がん剤は、DNA合成や修復、細胞の分裂・増殖過程に作用して、がん細胞を殺していた。これに対して、分子標的薬は、がん細胞の増殖や転移に関わる分子を標的にして合成され、その作用を阻害することにより、がんの増殖や進展を押さえている。より簡単に説明すると、従来のものは、がん細胞のみならず正常細胞にも見境なく影響を与えていたが、分子標的薬はターゲットを絞ったものである、ということじゃ。
助手:
なるほど、これも、まさにがん細胞にピンポイント攻撃をかけている、というイメージですね。
博士:
そうじゃ。2001年に転移性乳がんの治療薬ハーセプチンが発売されて以来、次々と分子標的薬が作られ、この10年の進歩はめざましいものがある。
助手:
がん細胞のみを攻撃する夢の薬、というわけですね。
博士:
大きな成果を上げてきたことは確かじゃが、耐性が出たり、予想外の副作用が出現したりという状況もあり、まだまだ不明の部分も多い。夢の薬というには、もう一歩じゃ。
助手:

前回の”続マラリアの話”の最後でワクチンが出てきましたが、がんワクチンは無いんですか?

博士:
現在がんの中で、有効なワクチンが販売されているのは、子宮頸がんワクチンのみじゃ。子宮頸がんの原因の多くがパピローマウイルスであることが判明したため開発に成功した。しかし、他のがんについては、それほど原因は単純ではなく、免疫システムも複雑であるため、開発途上といった状況じゃ。しかし、開発が進んでいることは確かであり、2015年までには、10~15品目のがんワクチンが販売されるとの見通しもある。
助手:
こちらも、乞うご期待、って感じですね。未来は明るいですね。わくわくします。
博士:
うむ。しかし、今日紹介した新しい治療法は、まだまだ日本では保険適応になっていないものも多く、先端医療として自費負担じゃから、君には無理かもしれんな。
助手:
えー、そうなんですか? そんな冷たいこと言わないで、なんとかしてくださいよ。博士。
博士:
最近は、がん保険に加えて、先端医療用の保険も出ているようじゃから、要検討じゃ。そういえば、君は、旅行傷害保険に加入しておるじゃろうな。緊急移送も考えて、十分な額をかけておかんといかんぞ。
助手:
あれも結構高いんですよね。日本の旅行代理店の店員の態度が悪かったこともあり、入っていないんです。
博士:
経験的に言えば、入っていない時に限って、病気したり事故に遭ったりするもんじゃ。保険は転ばぬ先の杖じゃ。
助手:
あの店員の態度さえ良ければ、入っていたかもしれないんですが。
博士:
君自身の健康の問題なんじゃから、店員の態度とは関係ないぞ。また、どうしてそんなに気にするんじゃ?
助手:
博士、がんの話だけに、てんいん、転移が気になりました。って、お後がよろしいようで。。
博士:
しゅよーもない、しゃれじゃ。腫瘍の話だけに・・・

 

 

人口動態統計の年間推計(厚生労働省HP)

がんサポート情報センター 前立腺がんロボット手術

兵庫県立粒子線医療センター

 

 










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