アメーバの話

1998年2月


助手:雨季が続いて予想通り洪水が時々起きるようになりましたね。
博士:うむ。昨年来、自然災害が続いている。経済も混乱しておるしな。
助手:ほんと、ルピアで給料をもらっている人は、たいへんですよね。銀行にも危なくて預けられませんしね。
博士:銀行が信用できなくなっているのは日本も同じじゃ。来るべきビックバンを前にしてバタバタと潰れておるな。
助手:お金が信用できなくなってくると、頼りは体、健康だけですね。
博士:そうじゃな。来るべき恐慌のためにも体だけは大事にしないとな。
助手:なんだか、林家三平さんの落語みたいになってきましたけど。その通りですね。そう言えば先日も友人がアメーバで入院しましたが、けっこうたいへんだったようですね。彼の場合、かなり腹痛がひどかったみたいです。
博士:アメーバは、当地では非常に多い。日本人もかなり罹患しておる。
助手:そんなに多いのですか?
博士:うむ。ジャカルタ日本人医療相談室の窪田医師によれば、昨年前半の半年だけで46人、前任の西平医師によると過去3年間毎年200人以上の日本人がアメーバに罹っている。
助手:日本人医療相談室のデータだけで毎年200人とは、驚きですね。他のクリニックに行っている人もいますから実数はもっと多いでしょうね。皆入院しているんですか?
博士:アメーバと言っても症状はいろいろじゃ。腸の症状だけでもアメーバ赤痢と呼ばれ、ひどい血便を伴い下痢が頻回でショックに陥ってしまうものから、ちょっとお腹がゆるい位の状態までさまざまじゃ。症状が軽ければ入院はいらないケースも多い。
助手:薬で治る訳ですね。
博士:そうじゃ。フラジールと言う商品名のMetronidazoleをきっちり使えば、治る事になっておる。しかし吐き気や胃部の不快感といった副作用も強いので内服出来ないケースもある。この場合注射薬や座薬を使用する。
助手:日本でも治療は可能ですか?
博士:注射薬でなければフラジールは日本にもある。しかし、アメーバ赤痢は日本では法定伝染病に指定されておる位稀な病気じゃから、できれば当地で治療した方が良い。
助手:先月号のチフスと同様、日本で見つかると大騒ぎになるでしょうね。
博士:よほど状態が悪くなければ、慣れている当地で治療する事が基本じゃ。
助手:確かに当地なら、医師もアメーバには慣れているでしょうね。
博士:うむ、当地の人は子供の頃に一度は罹っているとの話もある。しかし、専門医に聞くと、彼らクラスのインドネシア人は我々以上に食事に気を使っており、安易に外の屋台で食べたりしていないし、日本人のように生の物を食べる習慣がないから、それほど頻度は多くないとの意見もある。邦人数1万人位で年間200人以上の罹患というのは多すぎると言っておる。
助手:それだけ邦人に注意が足りない、と言うことですか?
博士:そうかもしれんな。
助手:何に注意すれば良いのですか? やはり生の物は避けた方が良いんですか?
博士:確かに生の物は危険じゃ。もちろん体調や食べる店にもよるが、できれば避けるに越したことは無い。いつも言っているように熱い物を熱い内に食べる事が基本じゃ。
助手:わかってはいるんですがね・・。ところで博士、アメーバは、細菌ですか?
博士:アメーバは細菌ではない。もっと大きい。マラリアなどと同じように原虫と呼ばれている。
助手:デンチュウですか?
博士:忠臣蔵じゃない。原虫じゃ。アメーバは通常自由生活をしている単細胞生物じゃが人に寄生するのはエンドアメーバ科で、赤痢アメーバ、大腸アメーバ、歯肉アメーバなどが知られている。
助手:寄生生活をしている単細胞生物ですか。・・・何故か親近感がわきますね。
博士:なるほど、君と似ておるかもしれんな。まあ、その中で病原性を有するのは赤痢アメーバなんじゃが、これは人がその嚢子(のうし)を経口摂取することにより感染する
助手:ノーシンを恵子が摂取するんですか?
博士:頭痛薬の話をしているんじゃない。それに恵子というのは誰じゃ。嚢子というのは、原虫が活動していない状態を指しており、この状態では分裂・増殖はしないが、外界での抵抗力が強いので他の生物に感染して寄生する事ができるんじゃ。この嚢子は飲料水や食品に混入して人の口から腸に入る。腸に入った嚢子は消化液の作用を受けて栄養型と呼ばれる形に成長して活動を始める。嚢子を経口摂取してから発病までの期間、即ち潜伏期間は8日から10日と言われているが、20日から95日との説もある。感染していても症状が軽い事も多いため、正確な潜伏期間は不明なんじゃ。
助手:発病するまで随分長いんですね。潜伏期間が10日以上だと、何を食べて感染したのか思い出せないですよね。私なんか昨日食べた物も覚えていませんものね。
博士:それはいくら単細胞だと言ってもひどいな。早くも痴呆の始まりか? 永六輔氏が薦めておったように、毎晩その日に食べたものを思い出すようにしないといかんぞ、そんなことでは。
助手:毎日食べた物をノートにでも書くことにします。アメーバの症状は何ですか?
博士:急性、慢性とあるが、急性の場合は、吐き気、腹痛、下痢が急速に起きる。激症と呼ばれる酷い状態では、脱水や虚脱になり死亡する事もある。しかし、たいていの場合は慢性であり、腹部の不快感、食欲不振、倦怠感などの症状で始まり、下痢・腹痛が繰り返すというパターンをとるものが多い。
助手:腹部の不快感、下痢ぐらいの症状だと、赴任直後の邦人ならほとんど思い当たりますよね。
博士:うむ。通常の下痢は旅行者下痢症と呼ばれるもので、それほど心配ない。数日すれば自然に良くなるケースが多い。しかし、もし長引くようなら、あるいは便に血液が混ざるような事があれば、直ぐに便検査をした方が良い。治療が遅れるとそれだけ薬が効きにくくなるでな。
助手:便検査はどこでしたら良いですか?
博士:この検査は、顕微鏡で見れば直ぐわかる。インドネシアならばどこでも可能じゃ。
助手:血便ですか。他にはどんな症状が出ますか? 熱はどうですか?
博士:アメーバの血便は粘血便でイチゴゼリー状と形容される。通常熱は出ない。あっても37-38度程度じゃ。他に腸以外の症状として肝膿瘍が知られている。
助手:官能王ですか?
博士:違う、三流雑誌のタイトルじゃないぞ。肝膿瘍じゃ。赤痢アメーバが大腸から肝臓に転移し、肝臓に膿の貯まりを作る。こうなると肝臓が腫れて痛みが出たり、不規則に発熱するようになる。適切な処置をしないと全身衰弱をきたして死亡する事もある。また、アメーバは脳や肺にも転移する事があるぞ。
助手:けっこう恐いですね。
博士:まあ、そこまで行く例はまれじゃし、薬で治療できるから、そう過度に心配はいらん。もちろん予防に勝る治療は無いがな。
助手:やはりアメーバが流行するのは雨季なんでしょうね。
博士:アメーバに関しては、ほぼ年中流行しているから、特に季節には関係ないぞ。何か理由がありそうだな? そろそろ落ちか?
助手:この病気は雨季のあめーばかり降っている季節に多いのかと思いましてね。
博士:うーむ、できの悪いしゃれじゃな。じゃが単細胞の君ならそんなものか。
助手:随分じゃないですか。それなら高等生物の博士のお手並み拝見したいですね。
博士:アメーバ赤痢は、雨とは関係ない。アメーバが活発に動き出すのは日本で言えばお盆の頃、インドネシアで言えばレバランの時期、と相場が決まっておる。この点は人の動きとよく似ているんじゃ。
助手:アメーバもその時期に活動するんですか? それはまたどうしてですか? 
博士:赤痢を起こすアメーバは、人と同様に帰省する、寄生する生き物じゃからじゃよ。
助手:お見事!!

 


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著書:想像を超えた難事の日々