不登校の話

1999年1月


助手:博士、昨年はインドネシアにとって大変な1年でしたね。今年は良い年になると良いですね。
博士:うむ、経済的にも政治的にも回復する胎動が感じられると良いな。
助手:良い子が産まれますかね。まずレバラン明けに胎動ではなく、騒動が起きないと良いですね。
博士:新しいものを生み出すには、産みの苦しみというものが必要じゃ。インドネシアは再生へ向かう時期じゃから、まだまだいろんな事が起こると考えた方が自然じゃ。
助手:そうですか。でも、騒動が頻繁に起こると落ち着いて生活ができませんよね。11月の国民協議会の時も、学校は休みになりましたよね。お子さんのいる家族は落ち着きませんね。
博士:うむ。いつまた学校を休ませなければいけないかと、心配じゃな。
助手:子供の方はまた学校を休めると喜んでいるかもしれませんけどね。私が小学生の時は、暴動で休みになった事はありませんでしたが、インフルエンザの流行や急な大雪で学級閉鎖になったりするのは時々ありましてね、結構うれしかった覚えがあります。
博士:それは、君自身は病気になっていないのに学校を休めて外で遊べたからじゃろう。
助手:そうでしたね。大雪の時なんか、うれしくて外で友達と雪だるまを作ったり雪合戦をして遊びました。寒い雪の日に遅くまで遊んでいたので風邪を引いてしまい、学級閉鎖が終わった翌日に休んだ事もありしましたが。
博士:君らしいな。でも当地の学校休校は外で自由に遊べるわけでもなく、子供にとっても窮屈なだけで楽しい物ではないぞ。
助手:そうですね。少し不謹慎でしたね。学校を休むと言えば、日本は最近、登校拒否の子供が増えているとの話ですね。
博士:うむ。不登校は増えている。保健室登校も増加している。
助手:保健室登校というのは、学校には来ても教室には行けないので、とりあえず保健室へ行く、というものですよね。
博士:そうじゃ。保健室が一時的な避難所になっているんだな
助手:そう言えば私の時代でも保健室の先生、養護教員ですか? 若い女性でしたね。彼女は普通の先生方と違っていて特にやさしいので、具合が悪くて保健室で休むのは、私のひそかな楽しみだったですね。たいした病気でもないのに、行きました。
博士:うーん。君は昔からそうだったのか。そういう性格も一種の病気じゃな。
助手:そうか、病気の一種なんですか。それにしても私の時代にも、学校をさぼって映画を見に行ったりしている連中はいましたけど。それと、不登校というのは違うのでしょうか?
博士:学校に行かず映画に行くのは、自分の自発的意志によるサボタージュであり不登校とは意味が違う。不登校というのは、本人は登校したい、またはしなくてはいけないと思っているのに、精神的な葛藤のために登校できない状態を指すんじゃ。
助手:本人は行きたいと思っているんですか。それじゃあ、親が無理矢理にでも学校に連れて行けば良いじゃないですか?
博士:無理矢理行かせたんでは、本質的な問題の解決にはならない。
助手:それは、どうしてですか? 本質的な問題って何ですか?
博士:子供が学校へ行かないのには、行かないだけの理由があるんじゃ。この理由を解決する事なく無理矢理学校に強制しても、また再発する事になる。肺炎の時に、原因となる細菌をたたく事をせずに、熱が出ているからといって解熱剤を使っても本質的な治療にならないのと一緒じゃ。
助手:そうか。原因となる細菌をやっつけるのが治療ですよね。でも不登校の場合、学校へ行けない原因というのは、どんな事ですか? いじめ、ですか?
博士:友達からのいじめが理由の事もあるじゃろう。勉強についていけなくなった事が原因かもしれん。あるいは学校の先生とのちょっとしたトラブルが原因の事もあるかもしれん。理由は千差万別じゃ。いずれにしても、それに応じた解決をしなければ、本質的な治療にはならない。
助手:そうか。無理矢理行かせてもだめなんですね。
博士:無理矢理行かせると、攻撃的になり家や学校で暴れるようになったり、逆に部屋に一人でこもるような自閉的な状態になったりする。こうなるとやっかいじゃ。インフルエンザの時に、表面的に目立つ症状である発熱をおさえるためにアスピリンを使って解熱させ、それが引き金で重症な脳炎を引き起こすのと似ている。
助手:そうか。本質的な治療をしないと、もっと重症な状態になるわけですね。暴力行為と自閉ですか。学校内の暴力も増えていると先日もNHKで報道されていましたね。そう言えば、子供の家庭内での暴力が手に余り、自分の子供を殺してしまった父親がいましたよね。
博士:うむ。数ヶ月前だったか、これも大きく報道されておったが実に悲惨な事件じゃったな。そんな酷い状態になる前にな何とかせんといかんかった。実は、不登校の場合、学校に行かなくなる前に、子供はいろいろな形で親にメッセージを送っているはずなんじゃ。いきなり学校にいかなくなる訳ではない。
助手:メッセージというのはどんなものですか? 
博士:子供は、自分なりに心の問題を一人で解決しようとしてがんばるんだが、なかなかうまくいかなくなってくると、とりあえず親に、頭が痛いから学校を休みたいとか、お腹が痛いとか、微熱があるとか、疲れているとかいう体の症状を訴える。
助手:そうか。そういう体の訴えは、実は心のメッセージなんですね。
博士:そうじゃ。こうした不定の身体症状の訴えが半年位続いた後に、不登校に至ると言われている。
助手:半年も前からサインを出しているんですか。「不登校。ふと、こう思ったわけではありません。」というわけですね。
博士:どっかで聞いたことのあるようなしゃれじゃが、そういう事じゃ。
助手:それならば不登校になる前に気づいてやれそうですね。
博士:それがなかなかそうもいかんのだ。親も忙しいから、そうした体の訴えがあっても、風邪程度にしか思わないかもしれん。学校に行きたがっていないと気づいたとしても、甘えているんだ、などとお尻をたたくだけで心の悩みまで聞いてやれない事もある。
助手:そうですね。親も忙しいから、かまってやれない事もありますね。
博士:まあ、逆にかまいすぎて過保護になっても子供の本当の心の内を把握できるわけではない。親は、子供のためと一生懸命おせっかいをするが、その実、子供の希望に沿っていないケースも少なくない。
助手:本当は友達と外で遊びたいのに、日中は暑いから、あるいはデング熱が心配だからと過度に心配されて自由にさせてくれなかったり、という事もあるかもしれませんね。かまわなくても、かまい過ぎてもいけないんですね。難しいですね、子供の本当の心の内を知るっていうのは。
博士:子供は元来、言葉による表現が未熟であるから、きちんと親に心の内を伝えられない場合がある。また、心的外傷の話でも述べたが、子供は親のとっての良い子でありたいと思っているから、親の思い通りの自分になろうと努力して親にはなるべくそういう話はしてはいけないと勝手に考えている事もある。
助手:親の喜んだ顔見たさに一生懸命努力する。心配かけまいとして親の希望どおり行動しているが、その陰で実は一人で悩んでいるんですか。けなげですね。オイオイオイ・・・
博士:泣く程の事ではない。親というものは、子供からのメッセージをきちんと受け取る義務がある。
助手:でも、先ほどの子供を殺してしまった父親の話ではないですが、そうした子供を持った親御さんの苦労はたいへんなものだったでしょうね。
博士:地獄の毎日だったかもしれんな。いろいろなカウンセラーに相談しても、だまって暴力を耐えていなさいと言われていたようだな。親の方も限界に来ていたと想像される。ただ、このケースでは、既に親の手に負えない所まで子供の病気が進んでしまっていたんだから、精神科に入院させるとか、あるいは警察にゆだねるという方法をとるべきだった。まあ、詳しい状況はわからないから安易な事は言えんが、殺す以外にとるべき手段が他になかったのか。
助手:私もそう思いますが、最近は警察や精神病院も人権問題になると慎重になりますから、そう簡単には行かないのかもしれませんよ。おそらくこのケースでも既にあちこちに相談していたと思います。
博士:そうか。しかし実際に親身になってくれた所がなかったのかもしれんな。
助手:子供の方だって、そんなになる前に、保健室に行ってやさしい養護の先生に相談してみたらよかったかもしれませんよね。
博士:うむ。君のような単純な性格なら、養護の先生にやさしくしてもらいたくて学校に行くようになるかもしれんが、普通はそう簡単ではない。
助手:それにしても小学校の時の養護の先生はきれいでやさしかったな。元気かな? 結婚したかな。
博士:そりゃ、とっくじゃろうな。
助手:そう言えば、休み時間に三角ベースをしていて塁に滑り込んだ時にズボンが破れてしまい、怪我もしていたんで保健室に駆け込んで養護の先生に縫ってもらった事がありました。あの時は、養護の先生の前でズボンを脱がなくてはいけないので恥ずかしかったな。そうか、パンツが汚れていたんだ。早く脱ぎなさいなんて、やさしく言われて、ズボンを下ろそうとしたら、しっかりシミが付いていて、あわてて後ろを向いて脱いだら、後ろの方にも汚れがついていたんですよ。やー、まいった、まいった。博士、知ってました?
博士:知らん、そんな話。いつまでも一人で思い出にひたっていなさい。わしは、先に帰らせてもらう。正月だから酒も飲みたいし、今回の話もこのへんで終わりにせんといかん。
助手:正月だから、もう少し思い出にひたらせてくださいよ。それとも話の落ちと関係しているのですか? 正月の酒が飲みたいというのは?
博士:うむ。正月の酒を飲みたいから、そろそろ話を落とそう、お屠蘇、てな。
助手:無理くりだナー。それより、私の話はまだ終わっていないんですよ。思い出しました。その養護の先生の結婚話が私が6年生の時に持ち上がりましてね。その相手というのが担任の先生だったんで大騒ぎで、女子生徒や男子生徒がみんなで集まって・・・・
博士:うーーん。長くなりそうだが仕方ない、たまには話をじっくり聞いてやるか。そうしてやらんと君のストレスをためる事になり、今回の話じゃないが出社拒否をされるようになったり職場で暴力をふるわれるようになっても困るからな。しかし読者の皆様、話には既に落ちがついていますので、助手の話にはお付き合いいただかなくて結構です。 

 


コメント

このブログの人気の投稿

医療落語「博士と助手」オリジナル

南海トラフ地震 関連情報

著書:想像を超えた難事の日々(増刷)