風邪の話

1998年4月


助手:博士、この冬は、日本でインフルエンザが大流行したようですね。
博士:うむ。患者は100万人に達したとも言われている。死亡者も多数報告されている。
助手:風邪で死んでしまう事もあるんですね。ばかにできませんね。
博士:インフルエンザは、単なる風邪と異なり、重症化して肺炎などを起こして死亡するケースが毎年報告されている。特に、小児や高齢者が要注意じゃ。
助手:インフルエンザと普通の風邪とはどう違うのですか?
博士:風邪というのは、通常、急性の気道粘膜の炎症をさしている。つまり鼻やのど、気管の上部が一時的に炎症を起こした状態をそう呼んでいる。
助手:鼻水が出たり、のどが痛くなったり、咳が出たりする場合の総称ですね。
博士:そうじゃ。風邪の原因の多くは、ウイルスなんじゃが、その原因ウイルスの一つにインフルエンザがある。
助手:そうすると、インフルエンザは風邪のひとつという訳ですね。
博士:そうじゃ。しかし他のウイルスによる風邪の場合と異なり、インフルエンザの場合は高熱、全身倦怠、筋肉痛などの全身症状が強く出るという特徴がある。それに伝染性が強いため大流行を起こすという特徴もある。
助手:通常の風邪では、全身症状はそれ程強くない、という事ですか?
博士:まあ、ライノウイルス、コロナウイルスによる風邪は鼻かぜ程度じゃ。アデノウイルスなどのように咽頭炎を強く起こすものは高熱が出る事もあるが、全身症状はそれほど強くない。
助手:ライノやらコロナやらアデノやら、いろんな種類のウイルスがいるんですね。
博士:連鎖球菌や肺炎球菌などの細菌が起こす風邪もあるが、割合は少ない。1割以下じゃ。
助手:風邪の原因の多くがウイルスだとすると、細菌に効果がある抗生物質は効果が無い、という事になりますか?
博士:その通りじゃ。なかなか、かしこくなったな、君も。抗生物質、最近は抗菌薬と呼んでいる薬の多くは、細菌を攻撃するものでありウイルスには全く効果が無い。
助手:でも、風邪で医者に行くと、たいてい抗菌薬も出ますよね。
博士:うむ。細菌による二次感染の予防を目的として処方されているようじゃが、細菌による風邪以外には効果がないし、副作用の問題や抗菌薬を安易に投与することによる耐性化の問題もあり、あまりほめられた処置ではないな。
助手:耐性化というのは、先月号の説明によれば、細菌に対して薬が効かなくなるという現象でしたよね。
博士:そうじゃ。世界中で製造されている何割もの量の抗菌薬を日本で使用しているとの話もあるように、日本では抗菌薬は使われ過ぎたために多くの細菌は耐性を獲得し、薬剤とのおっかけっこになっている傾向がある。
助手:ようするに、通常の風邪において安易に抗菌薬の服用は薦められない、ですね。でも抗ウイルス薬というのは無いんですか?
博士:インフルエンザA型の予防として抗ウイルス剤のアマンタジンを投与する方法は、確かに世界各国で行われている。日本ではあまり普及していないがな。
助手:アマンタなんとか、ですか。三波春男の歌みたいな名前の薬ですね。
博士:予想通りの反応じゃな。まあ、特に卵アレルギーを持っている人などで、インフルエンザ・ワクチンを使用できない場合にアマンタジンはよく使われている。
助手:インフルエンザ・ワクチンに副作用は無いのですか?
博士:副作用の無い薬は無い。しかし先ほど述べたアレルギー以外には、注射した部位が赤くなったり腫れたり痛くなったりといった程度であり軽症じゃ。多少熱が出たり頭が痛くなったりしても、2ー3日中には軽快するから、特別の処置は必要ない。むしろ、そうした反応が出た場合の方が効くと考えて良い。
助手:ワクチンの効果はどうなんですか? 痛い思いをしてあまり効果がないんだったらやりたくないですね。
博士:アメリカの予防接種諮問委員会の調査によれば、70-80%の効果があるとされている。老人施設や幼稚園などで集団発生し、時に死亡者が出ている事態を考えれば、摂取が薦められるだけの効果があると判断される。
助手:インドネシアにもインフルエンザ・ワクチンはありますか?
博士:残念ながら無い。しかし気温が高いこの地では、インフルエンザが大流行することは考えにくいから、当地ではワクチンをうつ必要はないじゃろう。
助手:当地では、風邪をひくとコインで血が出そうになるくらい背中をこすりますよね。あれは、痛いですが効果があるんですか?
博士:インドネシア語で風邪はmasuk anginであり、風が入ると言う意味じゃ。日本語の風邪も、元をたどれば中医学(中国医学)の考えの風邪(ふうじゃ)という邪気が人体に影響するという意味じゃから、良く似ているな。コインの治療については、皮膚を摩擦し血行を良くすることにより免疫力を高める効果があるかもしれんが、詳細は不明じゃ。
助手:ジャムーはどうですか?
博士:信頼できるジャムーにはショウガ科のバンウコンが使われており、これは身体を温め免疫を促進する効果があると言われている。また、やはりショウガ科のナンキョウやユリ科のオオニンニク等も使われており、それなりの効果が期待できるものもあるようじゃ。
助手:そう言えば私はおばあちゃん子でしたから、小さい頃風邪をひくとネギをのどに巻かれたり、ショウガ汁を飲まされたりしましたね。
博士:若いのに、けっこう古い事を知っておるな。まあ、そういう民間療法にもそれなりの意味はあると考えられる。まあ、基本的には、養生をすれば数日で軽快するのが普通の風邪じゃがな。
助手:確かに風邪ならば、放っておけば数日で治るんでしょうけど、小さいお子さんの場合は親御さんは心配でしょうね。
博士:うむ、確かにな。当地では高熱が3日間続けばデング熱も心配せんといかんし、チフスもあるしな。
助手:熱が続くと恐いですよね。直ぐに解熱剤で下げたくなりますよね。
博士:気持ちはわかるが、解熱剤はあまり使わない方が良い。発熱は身体の防御反応であり、ウイルスや細菌と戦っている証拠じゃ。解熱剤は強力じゃから、すぐ熱が下がるが、熱が下がった状態ではウイルスを抑える力がむしろ弱くなる。熱が下がって一時的に良くなったように見えても、原因療法にはなっていないんじゃ。
助手:でも高熱が続くとつらいですよね。特に子供の場合見ていられないですよね。
博士:インフルエンザ等の感染症に引き続いて起こる中枢神経の合併症にライ症候群というのがある。これは、肝臓に脂肪変性を起こし、急性脳症を起こす非常に死亡率の高い疾患なんじゃが、アスピリンなどの解熱剤の使用がその発症に影響している可能性が最近指摘されている。 
助手:ライ病ですか? 昔インドネシアの路上にもよく見られた皮膚がくずれる病気の?
博士:君が言っているらい病は細菌による病気で、ライ症候群とは全く関係が無い。ライ症候群は1963年にReyeにより初めて報告された病気で、乳幼児に好発する急性脳症で、高アンモニア症、低血糖、肝機能障害、脳浮腫が生じる。はっきりとした原因は不明じゃが、アメリカでは解熱剤の使用をひかえるようになってから、ライ症候群は減っているとの報告がある。
助手:子供の場合は、熱性けいれんという病気もありますよね。その心配がある場合には、やはり解熱剤を使った方が良いのではないですか?
博士:熱性けいれんにおいての基本は抗けいれん薬の使用じゃ。解熱剤ではない。熱性けいれんの既往がある場合には、発熱時38度位になったら抗けいれん薬のセルシンシロップやエスクレ座薬などを使用するべきじゃ。
助手:よーくわかりました。あまり解熱剤は使用するべきでない、という事ですね。
博士:脱水にならないように水分の補給に努め、安静にして寝かせておく事が基本じゃな。高熱のため、どうしても食欲が無いような場合に熱を下げ栄養補給させる目的であれば、頻回にならない程度に解熱剤を使用する事もやむを得ないがな。
助手:ところで、しょっちゅう風邪をひいている人とめったにひかない人がいますけど、何か差があるのでしょうか?
博士:最近の研究によれば、風邪をひきにくい人というのは、血液中の指標から見て、免疫力の高い人、あるいはバランスの良い人である事がわかっている。日頃から体力を鍛えたり、ストレスを減らすなどして免疫力を高める事は、風邪をひきにくくする事につながるようじゃ。また、一部の漢方薬にも長期服用することにより免疫力を増強させ、風邪をひきにくくする作用があることもわかっている。朝鮮人参もワクチンによる抗体産生を高める事がわかっている。
助手:昔ながらの方法も振り返ってみる必要がありそうですね。
博士:特に風邪においては、ふるさとでの方法を振り返る必要があると歌でも歌われておるぞ。
助手:そんな風邪の歌なんかありましたっけ。
博士:昔の歌で、♪人は誰もふるさとを振り返る♪、ていうのがあったじゃないか。
助手:?? あーあー、「風」ね。でも、この落ちがわかる人、少ないと思うなー。

 


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