うつの話、2
2010年12月
助手: | うつ病は本当に多いようですね。身近でもよく聞きます。 |
博士: | うむ。2007年に日本で行われた大規模調査では、うつ病の生涯有病率は6.6%、12ヶ月有病率は2.1%だった。つまり、13人から15人に1人が一生涯に、または40人から50人が過去12ヶ月間に、うつ病を経験している、ということになる。 |
助手: | 40人から50人というと、学生の場合で考えるならば、1クラスに1人か2人は、毎年うつ病が出ている、ということですね。 |
博士: | そうじゃ。また、最近は新型と呼ばれる非定型のうつ病も増えている。 |
助手: | 外国の場合はどうなんですか? 日本だけ特に多いのでしょうか? |
博士: | 諸外国の地域住民におけるうつ病の平均的な頻度は、生涯有病率で4~9%、12ヶ月有病率で2~6.6%とされておるから、日本が特殊に高いわけではない。ただ、日本の場合には、うつ病を発症していながら受診する頻度が低いことが明らかにされている。 |
助手: | 医者に行かないんですね。確かに精神科は敷居が高いです。 |
博士: | 精神科だけではない。他科の診療科を受診することも少ない。過去12ヶ月でうつ病と診断された場合の調査じゃが、精神科を受診したものは13.8%、一般診療科を受診したものは8.0%となっており、医師を受診したものは、合計で21.8%しかいないという状況がある。米国の場合には、同様の調査では、精神科受診は31.6%、一般診療科27.2%となっており、合計58.8%じゃから、日本の低さは際立っている。 |
助手: | 米国の場合、医療費が高いですから風邪など軽症の病気では病院には行かないですよね。それに比べて日本はコンビニ受診などと言われて、軽い病気でも直ぐに病院へ行く方も多いようですが、こと“うつ病”に関しては、全く反対の状況にあるんですね。 |
博士: | そうじゃ。国民におけるうつ病についての理解や認識がまだまだ低い、ということの反映じゃろう。オーストラリアとの比較になるが、一般市民の意識調査を行ったところ、希死念慮(きしねんりょ)、つまり死にたいという気持ちを持つうつ病の症例を呈示した場合に、それをうつ病と認識できたのは、オーストラリアでは77.3%あるのに対し、日本では35%にしか過ぎなかったという結果だった。 |
助手: | 死にたいって言っている位の重いうつ病の場合でも、うつ病と判断されない、ということですか? |
博士: | そうじゃ。心理的な問題とか、ストレス状態だとか、心の病気だとか、あいまいにしか把握されていない現状がある。 |
助手: | なるほどね。それで、自殺者の数も減らないのかもしれませんね。 |
博士: | 自殺する場合、何らかの精神疾患を罹患している割合は90%以上と言われている。具体的には、うつ病などの気分障害が30%、アルコール依存などの物質関連障害が18%、統合失調症が14%、パーソナリティー障害が13%などじゃ。 |
助手: | つまり、心の問題などとして放置しないで、精神科の病気だとして受診させるようにすれば、自殺の9割は防げるかもしれない、ということですね。 |
博士: | 実際には医療機関を受診していても防ぎきれなかったケースもある。しかし減らせることは確かじゃろう。ただ、その前提として精神科などの専門医のみならず一般の医者も、うつ病について十分に対応できるようにしておかんといかんな。 |
助手: | うつ病でも、内科などを受診するケースも多いということでしたね。 |
博士: | そうじゃ。頭痛や肩こり・腰痛、動悸、腹痛・食欲不振、下痢・便秘、めまい・耳鳴り、しびれなど、肉体的な症状で医療機関を受診することも多い。特に高齢者の場合に、その傾向が顕著であると言われている。 |
助手: | 内科の先生も、そうした肉体的な訴えの中に、うつが隠れていないかしっかりと見極める必要があるわけですね。 |
博士: | そうじゃ。さらに言えば、実際に身体的疾患があったとしても、うつ病が併存している場合もある。その場合は、身体的疾患の治療と平行してうつ病に対する治療を行わなければならない。 |
助手: | 確かに。長く病気を患っていたり、入院していたりすると、うつにもなるかもしれませんね。 |
博士: | 虚血性心疾患(心臓病)の45%、入院がん患者の20%、脳卒中の40%、パーキンソン病の40%、糖尿病の40%に、うつ的な状態が見られるとの報告がある。しかも、併存するうつの状態で、病気自体の死亡率が変わってくるというデータがある。ある報告によれば、心筋梗塞の5年生存率を見た場合、うつの状態が軽い人は90%、つまり5年後に生きている割合が90%であったのに対し、うつの状態が重い人は70%だったいう。 |
助手: | つまり、心筋梗塞といった身体の病気でも、併存するうつ病を治療しないと早く死んでしまう、ということですね。 |
博士: | 心筋梗塞のみならず、脳卒中でも同様の報告がある。さらに、心筋梗塞や脳卒中などにおけるリハビリにおいても、うつがあると進まない、つまり回復が遅れるとされている。 |
助手: | うつ病の治療というと、具体的には、薬、つまり抗うつ剤などを飲めば良いのでしょうか? |
博士: | 薬は重要だが、それだけではない。うつ病における治療には4つの柱がある。1つは医療者との治療関係を確立すること。うつは治療に時間がかかる病気じゃから、医療者と堅固な治療同盟を築いておく必要がある。2つ目は、休養をとること。3つ目が抗うつ薬などの薬物療法。4つ目は精神療法じゃ。この4つを組み合わせることにより、治療が効果的になる。 |
助手: | そうですか。確かに薬を飲んでいても、休まないでストレスの強い仕事を続けていたのでは、なかなか治らないかもしれませんね。 |
博士: | その通りじゃ。心理的要因が発症や増悪させる疾患においては、さらに加えて心理的な対応を行う必要がある。 |
助手: | 心理的要因と関連が強い病気というのは、どんな病気ですか? |
博士: | 偏頭痛・緊張型頭痛、虚血性心疾患、高血圧、不整脈・頻脈、血管反応性浮腫、気管支喘息、消化性潰瘍、過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎、甲状腺機能亢進症、糖尿病・肥満、免疫性疾患、関節リウマチ、神経性皮膚炎、月経前緊張症、肛門掻痒症、慢性頭痛症候群、座骨神経症、にきび、ヘルペス、蕁麻疹などじゃ。 |
助手: | いっぱいありますね。まさに「病は気から」、でしょうか。 |
博士: | 病気が原因で“うつ”になる、すなわち「気は病から」ということもある。いずれにしても、こうした疾患においては心理的要因に対する対応を行わないと経過が良くない。 |
助手: | 心理的対応って、具体的には、どうすれば良いのですか? ストレスを減らすことでしょうか? |
博士: | 患者さんをとりまく状況を3つに分けて考える必要がある。まずは、生物学的状況、例えば心筋梗塞や過敏性腸症候群などの状態。2つ目に心理的な状況。例えばまじめすぎるとか、強迫的な性格であるとか、過剰適応気味であるとか。3つ目としては社会的な状況。つまり転勤や昇進直後であるとか、独身であるとか家族のサポートが低いとか。その3つの状況につき考えて、対応を行っていくことが求められる。 |
助手: | なるほど。病院に行って薬をもらえば良い、というわけではないんですね。 |
博士: | そう簡単ではない。薬物によって生物学的な状況を治療できたとしても、それ以外の状況が改善されていなければ、再燃や再発ということに繋がってしまう。こうした病気になりやすい自分自身のまじめすぎる、あるいは余裕のない性格の見直しをはかる。現在行っている仕事上の難しいプロジェクトを一時中断してみる。一人で何でもやろうと思わず、家族や周囲からのサポートを受けるようにする、などなどの対応を行うことが、再発しないために必要じゃ。 |
助手: | でも病院で、そこまでのアドバイスはなかなか聞けませんね。 |
博士: | 日本の医療現場は、たいへん忙しいが、患者側から積極的に聞いてみる姿勢が必要じゃ。さらに、看護師さんや保健師さん、ソーシャルワーカーさんの協力を得たり、地域コミュニティ、患者同士のピアグループなどに参加して情報を得ることも必要じゃ。 |
助手: | 博士。ところで、私の"金欠病"はどのように対応したら良いですかね。社会的な状況の改善という意味では、遠慮せず、博士からのサポートを得る、ということが必要ですね。 |
博士: | どういう解釈をしておるんじゃ。まず君の場合は、生物学というより物理的に仕事でしっかり稼ぐ。心理的状況で言えば、ふまじめ過ぎる性格、直ぐに投げ出してしまう性格を改善する。社会的な状況としては、少しは昇進したいとか、上昇志向を持って会社にかかわる、ということじゃろう。 |
助手: | そんな冷たい。もう少し、暖かく接してください。金欠病が“うつ”を引き起こしてしまうかもしれません。 |
博士: | 君の場合は、タイプA型性格ではないから、うつの心配は少ないはずじゃ。 |
助手: | タイプA型というのは、競争的、野心的、精力的、何事に対しても挑戦的、常に時間に追われている、行動面では機敏、多くの仕事に巻き込まれている、でしたよね。私にぴったりじゃないですか。 |
博士: | どこがじゃ。非競争的、非野心的、非精神力的、非挑戦的、時間を守らない、行動面では遅鈍、わずかな仕事しかしていない・・・・・ |
助手: | え? まあ、そういう面もありますが。でもタンザニアですからストレスはありますし・・・ |
博士: | すっかり現地の人に溶けこんどるじゃないか。わしの方が見習いたいくらいじゃ。 |
助手: | まあ、多少のストレスはありますが、当地ではのんびり、ホノボノと生活するようにしています。 |
博士: | ホノボノって、何故かカタカナじゃな。 |
助手: | ええ、今回は、「うつの話、2」、U2の話だけに、ホノボノ、ボノが気になりますって・・・ |
博士: | U2って、ロックバンドのU2か? 唐突じゃな。まあ、アフリカのエイズ支援にも貢献の高い社会派バンドのボーカリストであるボノを使った落ちじゃから、まあよしとするか。それに、病も音楽も、気、キーがポイントじゃしな・・・。 |
あれ? やられました。お見事。 |
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