災害後の話

2005年3月

助手:博士、スマトラ沖大地震・インド洋大津波による被害の復興にはまだまだ時間がかかりそうですね。
博士:うむ。年単位じゃ。災害そのものにより20万人以上の死傷者が出ているが、その後の感染症も大きな問題だ。
助手:地震・津波による被害の後には、どんな感染症が発生するんですか?
博士:今回の被災では外傷患者が相当数あり、創部感染症、さらに破傷風が第一に懸念された。
助手:傷の手当てが遅れて、足を切断しなければならない子供がNHKで紹介されていましたね。
博士:そして、感染性腸炎。これは特に飲料水の汚染による水系感染症で、下痢症、コレラ、腸チフス、A型・E型肝炎などじゃ。
助手:

インド南部やスリランカ、スマトラ島も、丁度悪い事に雨季が始まったようですね。

博士:

さらに、被災で家を失った人達は、過密な不衛生な環境に居住しておるので、呼吸器感染症も拡大しやすい。

助手:

インフルエンザなどですね。アジアでは鳥インフルエンザもまた出始めているようですので心配ですね。

博士:

そうじゃ。ベトナムではへの感染が急増している、カンボジアなど周辺国にも広がりつつある。災害被災地で鳥インフルエンザから新型人インフルエンザが出現した場合には手がつけられない。感染力が強いという事では、新型ではないが麻疹(はしか)も既に流行している。

助手:

はしかの予防接種が行われていなかったんでしょうか?

博士:

どうもそのようじゃ。インドネシアのアチェ州は接種率25%程度であった。発生を阻止するためには接種率を90%まで上げる必要がある。インド南部タミル・ナドゥ州も同様じゃ。

助手:

それにしても、復興まで何年もかかるとすれば、住民のショックは大きいですね。

博士:

住民、特に子供達への精神的ケアが重要になる。親・兄弟・家族を失った子供達の数も万単位じゃろう。

助手:

村中が被害を受けたため、親戚もいない全くの孤児というケースも少なくないようですね。

博士:

うむ。長期的なケアが必要じゃ。

助手:

実際に被災した人達もそうですが、支援する緊急援助隊やNGOなどのボランティアの人達も、さぞかしたいへんなんでしょうね。

博士:

そうなんじゃ。実は災害の被災者ばかりでなく、被災者を支援するために派遣された人達・救援者にも、精神的な症状が現れる事が知られている。

助手:

救援者の症状というのは、どんなものですか? ご自分の意志で支援に行っている人達が多いでしょうから、充実感いっぱいで働いているのではないかと思っていましたが、違うのでしょうか?

博士:

確かにポジティブな側面も多い。自分のイニシアティブと創造性を発揮し、専門職としての経験を積める。通常の仕事では得られないチームワークを体験できたり、新しい人間関係ができる。役に立っているという充実感、満足感が得られ、被災者から感謝される事により、アイデンティティーの確認ができる事もある。

助手:

アイデンティティー、自分探しの一つですね。

博士:

しかしネガティブな側面もある。心に傷を残すような刺激を受け、被災者の人達の損失や苦痛に対して同一感をいだいてしまう。今回の場合もそうじゃが、あまりにやるべき事が多すぎて、結果として、うまくやれなかった、という不適切感を残してしまう事もある。

助手:

そうか。簡単に満足感を得られるわけではないんですね。

博士:

そして、ボランティア活動には当然期間が区切られるわけだが、それに終止符を打つ事に抵抗感を感じ、被災者達との接触を保ちたいという気持ちが生じる。帰国後、日常業務に気が乗らない、専心できないといったバーンアウトと呼ばれる状態になり、イライラする。また、救援活動そのものが周囲に理解されない場合には、怒りが生じたり、周囲との間で疎外感が生じる。

助手:

そうですね。帰ってきて誰もねぎらってくれなかったら確かにへこみますね。

博士:

家族にさえも解ってもらえない事もある。

助手:

そうか! 家族の側だって、残されて寂しい思いをしていたかもしれませんものね。

博士:

不安や不満感が続き、不眠となり、抑うつ状態となる。これが長引けば、PTSD(外傷後ストレス障害)と呼ばれる状態に発展してしまう。

助手:

話題のPTSDですね。そうならないようにするにはどうしたら良いのですか?

博士:

まず救援者自身が心がけるべき事として、まず、現場では絶対に無理をしないこと、自分自身が2次的被災者にならない事に注意する。被災者の話を聞いたり現場を見る事で、自分自身が心的な外傷を受けたと感じた時は、早めに同僚や上司に相談する事。救援終了後数日は適切な食事、十分な睡眠に心がける事。現場で起こった事を家族にも出来るだけ話すようにする事。また家族からも留守中の様子について話を聞くようにする事、などじゃ。

助手:

仕事上で救援者として派遣された場合には、周囲や上司の役割が重要になりますね。

博士:

そうじゃ。そもそも人を派遣する時、ストレスの大きい部署に配置する場合、例えば遺体確認作業では、従事する時間を短時間交代制にするなどの配慮が必要じゃ。そして現場から戻ってきた者達には、心のしこりをほぐすためにミーティングや語り合いの場を設けてあげる。そして周囲はじっくりと支持的に話を聞いてあげる。もし、八つ当たり的な怒りが出たとしても、一つの正常な反応であると考え、反論しない。

助手:

受け止めてあげる、という事ですね。

博士:

受け止めるように務めていけば、通常は1週間もすれば落ち着いてくる。しかし、仕事の能率が悪くなっていると感じた場合には、早めに休養を取らせる事も必要じゃ。

助手:

それでも落ち着かない場合には?

博士:

迷わず専門家に相談する事じゃ。

助手:

こうした相談の窓口はどこになりますか?

博士:

日本トラウマティックストレス学会※というのがあり、電話やメールでの相談を受け付けている。他にも企業の方であれば、産業医や各地の労災病院にも窓口がある。

助手:

それにしても、今年は平和な年になると良いですね。ここ数年悪いことばっかり起きていますよね。

博士:

うむ。しかし今回の災害を契機に世界が一つにまとまる兆しもあり、悪いことばかりではない。

助手:

何十万人もの犠牲の上ですけどね。

博士:

うむ。こうした大災害に人類は耐え、絶滅を逃れてきた。今世紀は試練の時なのかもしれん。

助手:

私も、試練を耐えて花開きますかね。

博士:

君にどんな試練があったと言うんじゃ。毎日のんべんだらりと暮らしておるではないか。

助手:

それなりにあるんですよ。停電とか断水とか、大気汚染とか、水質汚染とか、野菜汚染とか

博士:それが理由なら、インド人は皆、これから花開くな。うーむ。しかし便利さにあぐらをかいている日本人に比べれば、実際そうかもしれん。
助手:私も頑張ってインドに住み続けます。「21世紀に花開く?インドに万歳!!」
博士:・・・・君はまだ忘年会気分か。だめだこりゃ。


日本トラウマティックストレス学会

 



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