年末の話

2011年 12月

 

助手:

博士、今年も、師走を迎えましたね。

博士:

そうじゃな。タンザニア生活も3年か。年々、1年間が早く経過するような気がする。

助手:

お年のせいでしょうね。

博士:

君だって、そういう時はあっという間に来るぞ。

助手:

いえいえ、私にとっては、まだまだ長い1年が続いています。それにしても、今年は、日本にとっても世界にとっても、いろんな事がありましたね。毎年この時期になると発表される十大ニュースって、ありますけど、今年の第一位は東日本大震災しかないですね。

博士:

もちろんそうじゃろう。しかし、この被害、復興への道のりは現在進行形であり、来年も、再来年もこの関連ニュースが第一位ということもありえる。

助手:

そうですね。地震や津波そのものは1000年に1度の大きさで、さらに放射能汚染となれば、日本にとって過去最大のニュースに違いないですね。実際、どれくらいの数の方が亡くなったのですか?

博士:

11月28日の時点での数字じゃが、死亡者数は1万5840人、行方不明者は3607人、避難・転居者は32万8903人(11月17日現在)と発表されている。

助手:

2万人近い方の尊い命が失われ、32万人以上の方が、被災のために今なお、故郷を離れた生活を強いられているということですね。

博士:

一口に2万人というが、それぞれの人生があり、それぞれの方に、肉親・家族・親戚・友人がいたはずじゃ。つまり、少なく見積もっても数万人から10万人以上の方々が、311大震災の一瞬のために愛する存在を失ったことになる。

助手:

重い事実ですね。それに加えて避難生活、仮設住宅に住まれている方のご苦労は、長く続いていますね。

博士:

これから冬を迎える。夏同様、節電などが叫ばれているようじゃが、仮設住宅などでも十分病気には注意してもらいたい。

助手:

博士、被災地では今後どんな病気が問題になってくるのでしょうか?

博士:

急性期、つまり当初は外傷などに引き続き、ストレス関連疾患としての循環器疾患の増加があった。具体的には”たこつぼ心筋症”や、深部静脈血栓症、肺塞栓などじゃ。

助手:

”たこつぼ”、って面白い名前がついていますね。

博士:心臓の左心室の形からとった名前じゃが、左心室の下部の収縮が弱まり上部だけが収縮することにより胸痛などの症状を引き起こす疾患で、ストレスが主たる原因と言われている。
助手:そうなんですか。深部静脈血栓症、肺塞栓は以前のお話で聞きましたから知っています。足の静脈が詰まって、それが肺に飛ぶんですよね。

博士:

そうじゃ。避難所では被災者の約30%に血栓を認めたという報告がある。また、血栓を認めた被災者は、平均6泊以上の車中泊を経験していた。また新潟県中越地震の際のデータでは、この深部静脈血栓症は、震災半年から1年後でも高い頻度で検出されていたとのことじゃ。

助手:血栓症は、被災直後の時期だけではなく、これからも注意が必要だ、ということですね。
博士:うむ。また、震災直後からストレスで血圧が上がっていることが知られているが、これが脳卒中や心筋梗塞、大動脈解離、心不全などの重篤な症状につながることがある。そして、阪神大震災などの経験から、こうした循環器疾患の発生は、被害状況の大きさ、避難所生活の長さなどに比例して多くなることがわかっている。

助手:

被害の大きさ、持続時間が病気の発生に関係している、ということですね。

博士:

そうじゃ。さらに、重篤な循環器疾患は70歳以上の高齢者に高率に発生する。また通常であれば循環器疾患は早朝の発症が多く、夜間睡眠時の発症は少ないのじゃが、震災時に増加するのは、夜間睡眠時間帯であることが知られている。

助手:

夜の睡眠がよくとれていないことが原因でしょうか?

博士:

うむ。実際、三陸や郡山の避難所も見学させてもらったが、ああした環境の中で十分な睡眠をとるのは困難だと感じた。

郡山ビッグパレットふくしま避難所(4月27日撮影)

 

助手:

余震もありましたから、避難所ではゆっくり睡眠はとれないし、昼間うとうとしている方も多かったですね。

博士:

そもそも災害ストレスで興奮した状態で、交感神経が亢進している。そこに不眠や運動不足などによるサーカディアンリズムの乱れ、さらに水不足による脱水が加わっていた。

助手:

サーカスのリズムですか? ジンタとか。
博士:

君は言うことが意外に古いな。サーカディアンリズムというのは、生物に備わっている概日リズム、24時間周期のことじゃ。この乱れは、体の食塩感受性を亢進させる。これが血圧上昇につながる。

助手:

なるほど1日のリズムですか。実際問題として、避難所ではインスタント食品が多かったですから、塩分の多い食事が多かったですね。

博士:

そうじゃ。それに加えて水不足、トイレが清潔でないという状況があり、トイレに行きたくないために脱水傾向になってしまっていた。これが、血栓傾向を助長してしまうんじゃ。

助手:

確かに、南三陸ベイサイドアリーナのトイレは水道も出ないし、簡易的な作りでドアもちゃんとしていなかったですから、特に女性は行きづらかったでしょうね。それで血が固まりやすくなってしまう、ということですね。

南三陸ベイサイドアリーナ避難所のトイレ(4月24日撮影)

 

博士:そうじゃ。この血圧上昇と血栓傾向が、災害時に循環器疾患が増加する原因となっている。

助手:

でも、もうほとんどの方が仮設住宅に移りましたし、水道も使えるようになっていますから、これからは循環器疾患は減るのではないですか?

博士:

そう期待したいところじゃが、これから寒い冬を迎える、ということが心配じゃ

助手:

そうか、心臓病・脳卒中などは冬に多いんでしたよね。

博士:

そうじゃ。さらに、阪神大震災のデータによると、被災により家族の入院があったり、家屋が全壊したりといった高ストレス群では、血栓傾向が半年後も続いていたという報告もある。

助手:

なるほど、被害が大きかった方々へは、よりきめ細かいフォローが必要なんですね。

博士:

事前にそうしたリスクを評価しておく方法もある。
助手:
どういう人にリスクが高いんですか? 先ほど、高齢者、という話もありましたが。
博士:75歳以上、家族の死亡・入院、家屋の全壊、地域社会の全壊、高血圧の既往、糖尿病の既往、循環器疾患の既往、この7項目の内、該当する項目が4個以上あれば、ハイリスクと考える。※
助手:家屋の全壊、地域社会の全壊、ですか。町長以下大勢の役場の職員が亡くなり行政が全く機能しなかった地域もありましたね。
博士:そうしたハイリスクの住民には予防対策が勧められる。具体的には、睡眠の改善(6時間以上の睡眠をとる)、運動の維持(1日に20分以上は歩く)、良質な食事(食塩を控え、カリウムの多い食事にする)、体重の維持(増減を±2kg未満にする)、感染症予防(マスク着用、手洗いの励行)、血栓予防(水分を十分に摂取する)、薬の継続、血圧管理(140mmHg以上なら医師の診察を)、などを推進している。
助手:
なるほど具体的ですね。カリウムの多い食事っていうと野菜ですか?
博士:緑色野菜、果物、海草類。無塩の野菜ジュースでも良い。
助手:それと、仮設住宅周辺の地域には自動血圧計を置いておくと良いかもしれませんね。
博士:実際にそうしている自治体も多い。血圧の管理は自分で出来る。大規模災害を乗り切る原則として、自助7割、共助2割、公助1割、という考え方もある。
助手:自助7割ですか。少し厳しいような気もします。気持ちの面では、被害に遭わなかった我々は7割位の援助をしてあげたいと思っています。
博士:良い心がけじゃが、メンタルヘルスのいわゆる「心のケア」でも、他人が出来ることには限界があるし、多くの場合時間の経過とともに自然に回復する。
助手:我々を含めた周辺の人たちが心の支援として出来ることは少ないのでしょうか?
博士:いやいや、少なくはない。自助を推進する意味で、共助(周りの人と助け合う)ことの重要性は大きい。

助手:

でも、私はメンタルヘルスケアの専門家でもないし、悲しみに落ち込んでいる方々に声かけする方法も知りませんが。

博士:

確かに被災地の方々の死別・喪失による悲嘆反応、生活再建ストレスから来る心身の健康問題はとてつもなく大きい。しかし、被災者は、いわゆる「心のケア」に抵抗を持っている人も多い。東北という土地柄もある。もともと精神科医療については、特に過疎地域であったことも関係しているが、抵抗・偏見もある。

助手:

なるほど、そうすると誰がどのようなことをすれば良いのでしょうか?

博士:

最も重要な支援は、生活支援を中心とする現実的な支援じゃ。これは誰にも出きる。君にだってできる。そして、メンタルヘルス対策において重要な役割を担うのは保健師さんじゃ。

助手:

「君にだってできる」、ってちょっとひっかかりますが。わかりました。保健師さんというのは、地元で健康管理を担当されている方々ですよね。

博士:

日常的に健康管理をしている保健師は自然に受け入れられ、彼・彼女らが心理的支援を少しずつ行うことがもっとも効率的だろう。ただ、今回の震災では、地域によっては保健師さん自身が被害に遭い亡くなってしまったケースも少なくない。そういう地域においては、その地域保健システムの再建が必要になってくる。

助手:

なるほど、地域再建のためのお手伝い、それを私を含めた周辺の方々がしていく、ということですね。

博士:

そうじゃ。新たなる再建への継続的な支援が望まれている。

助手:

来年の十大ニュースのトップが、「被災地の復興、着実な前進」となってほしいですね。

博士:

そうじゃな。ところで、君の来年の目標は何じゃ?

助手:

まあ、博士のもとで、何とか食べていければ、それで私は幸福ですが・・

博士:

幸福の目標が低いな。もっと高い志は無いのか? 例えば、君自身が被災地の希望の架け橋・虹になるとか、この博士と助手シリーズをさらに世界に広めるとか。

助手:

そう言えば、ダルエスサラームですばらしいダブル・レインボーは今年見ましたが、まあ、博士次第ですね。後何年、何回続けられるか。博士が元気であれば・・・

ダルエスサラームの二重虹(震災2ヶ月後)

 

博士:

きれいな虹じゃないか。東北の被災地も、ダルエスサラームに負けず、もともとは風光明媚な土地じゃから、すばらしい景色を復活させてもらいたいな。それにしても、このシリーズが続かないとすれば、わしの体力より、君の気力の無さの方が問題じゃないのか?

灯台が失われた岩手県大槌町の蓬莱島(ほうらいじま:ひょっこりひょうたん島のモデル)

 

助手:いやいや、少ないながら私の気力の方が、博士の残り少ない寿命より・・・

博士:

言ったな? それじゃ、どっちが長く続くか、白黒つくまで、勝負しようじゃないか。

助手:

怒ると血圧が上がってぽっくり行って、今回が最終回、などという事になっちゃいますよ。

博士:

・・・うーん。わしにとっては、災害よりも君がストレス源じゃったようじゃ。やっぱり、白黒つくまで・・・

助手:

博士、もういいじゃないですか。年末ですから白黒の話は。

博士:年末とは関係ないじゃろう。それとも、そろそろ例の”落ち”か?
助手:ええ。年末だけに、私にとっては、白黒よりも紅白が気になります・・・・。お後がよろしいようで。

 

○今回のお話は、特に「日本医事新報」特集 東日本大震災 急性期から慢性期へ No.4566を参照させていただきました。

  • 災害時循環器疾患の特徴とリスク管理 苅尾七臣
  • 循環器疾患編 新保昌久
  • メタボリックシンドローム・糖尿病編 矢野裕一郎、西澤匡史
  • 被災者の心理的影響と「心のケア」加藤寛

 

 

 



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