被災地支援の話

2011年6月

助手:

博士、先月、医務官による被災地報告会があったようですね。どんな内容だったんですか?

博士:

うむ。私費休暇で帰国しておったようじゃが、その間、宮城県南三陸、福島県郡山市などを回ったようじゃ。

助手:

その辺の地域は、もう自由に出入り出来るのでしょうか?

博士:

4月の終わりのことじゃから幹線道路は整備され、一般車両の通行も一部を除いて許可されていたようじゃ。じゃが、実際は、徳洲会TMAT※の用意した専用マイクロバスで現地入りしたとのことじゃ。

助手:

医務官は徳洲会病院所属だったのですか?

博士:

いや、違う。こういった医療支援活動も初めてだったようじゃ。被災地での医療支援が出来ないかいろいろと調べた結果、徳洲会TMATが外部からの人間も受け入れていることがわかったとのことじゃ。米国内の日本人医師で結成されたTMATなど、多くの医療者が世界中から参加していたが、徳洲会TMATは、この手の活動に慣れており、ロジスティクスの面でも完璧だったと感心しておった。

助手:

そうなんですか。個人で支援・ボランティアに行こうと思っても難しいですよね。受け入れ側も困るでしょうし。その点、TMATは良かったということですね。

博士:

そうじゃ。団体に所属した方が、ロジスティクス上の不便も少ない。医務官は前日の夜に東京の徳洲会事務所に集合し、翌朝に仙台入りした。

助手:

仙台で医療支援活動を行ったのですか?

博士:

仙台でブリーフィングを受けた後、今度は救急車で2時間、避難所として使われている南三陸ベイサイドアリーナまで行った。

助手:

ベイサイドアリーナって、テレビで見ました。立派な施設ですよね。こんな施設なら住んでもよさそうな。まだたくさんの方が避難していたんですか?


南三陸ベイサイドアリーナ

 

博士:

当初は1200人以上、4月の終わりの時点で600人が避難していた。避難された方々は、床に薄いダンボールや毛布を敷いただけで、仕切りも低いダンボールのみという状況であり、とても快適とは言えない。


ベイサイドアリーナ内の居住空間

 

助手:

それは、きついですね。プライバシーが全くないし、睡眠もよくとれないでしょうね。

博士:

うむ。医務官は数日いただけじゃが、避難された方々は既に40日もそこで暮らしていた。水道もまだ復旧しておらんかったから、衛生状態も悪く、かなりストレスもたまっていたはずじゃ。


水を使えない仮設トイレ

 

助手:

そうすると感染症も蔓延していたんでしょうか?

博士:

ノロウイルスやロタウイルスによる感染性胃腸炎が散発的に見られた。他、インフルエンザも心配されたが、幸いにして大きな流行はなかったようじゃ。

助手:

いずれにしても、早く自分の家なり、仮設住宅に移りたいでしょうね。

博士:

確かにな。じゃが、阪神大震災の際には、仮設住宅に移った後に老人の孤独死が多発した、という報告もあり、注意が必要じゃ。避難所で大勢で暮らしている限り、プライバシーは無いが孤独にもなりにくい。基本的に誰かの目があり、炊き出しのご飯も栄養上問題があるとしてもとりあえず3食運んでくれていた。医者も避難所の中にいて、いつでもかかれる、という安心な面もある。


ベイサイドアリーナ内の臨時救護所


TMATのチーム

 

助手:

なるほどね。仮設住宅に入るということは、自立するということですから、これからがたいへんなんですね。

博士:

そうじゃ。この地域は、漁業を営んでいる人が多いんじゃが、船も流され、漁場も多くの瓦礫で荒らされており、自立へは相当な時間と労力がかかる。若い人はいいが、高齢者の場合には、何もやる気が起きず、ひきこもりになってしまう場合も多い。


陸橋まで流された漁船

 

助手:

そうすると、これからは、そういった人たちへの実質的で、かつ継続的な支援が重要になってくるんですね。

博士:

そうじゃ。南三陸の場合で言えば災害後の急性期は終わった。今回の災害は津波での被害者が多く、「生か死か」という状態だった。医務官が入った時点では、亜急性期・慢性期に入るところであり、元々の糖尿病や高血圧の慢性疾患の管理、さらにストレス対策が重要になってくる。実際、医務官の話では、薬をきちんと飲んでいなかったせいなのか、はたまたストレスの影響か、血圧が異常に高い人が多かったとのことじゃ。

助手:

そう言えば、NHKで、避難所に設置した自動血圧計をネットにつなぎ、高血圧者については、そのストレス状況を遠隔地からチェックするという試みをしている自治医科大学の紹介がありました。

博士:高齢者の場合、健康手帳を無くしてしまい、自分が何の薬を飲んでいるか知らない人も多かった。

助手:

そうでしょうね。私のおばあちゃんなんか、薬の名前どころか自分の病名も知らないかもしれません。避難された方々が仮設住宅に出るなどすれば、避難所での臨時救護所の役割は終わるわけですね。

博士:

そうじゃ。既にイスラエルの医療支援チームが置いていった機材が使われ、志津川病院仮設診療所としてオープンしていた。TMATやDMATのような国内の医療支援チームも引き上げの段階に入っていた。


志津川病院仮設診療所

 

助手:

医務官は福島にも行ったとか。

博士:

仙台に戻った後、レンタカーで福島県の郡山市に入り、そこでも避難所を見学したようじゃ。


郡山市の避難所ビッグパレット


ビッグパレット内、工夫されたパーティション


ビッグパレットに自衛隊が設営した風呂


助手:

写真を見るかぎり、こちらの方は、設備が良さそうですね。

博士:

確かに、パーティションも工夫されていたり、風呂が設置されていたり、何より水道が復帰していることが大きい。衛生面でだいぶ異なる。しかし、福島は他県とは異なる苦労がある。

助手:

・・・そうか、原発事故ですね。地震・津波・原発事故の三重苦と聞いています。原子力発電所の周囲に住んでいて家に戻れない人たちが避難しているんですね。

博士:

そうなんじゃ。宮城や岩手については、もちろん津波の被害は大きく復興には長い時間がかかるが、先が見える。しかし、福島原発周辺の住民にとっては、原発事故処理が収束しておらず、家にも戻れず、先の見えない不安が当分続く。

助手:

いまだに、というか時間が経つにつれ、放射線被害の大きさが明らかになっていますね。10年以上住めない、などと発言した政治家もいましたし、不安は大きいですね。

博士:

特に子供や妊婦さんなど、放射線障害に弱い人達の不安は大きい。大人や高齢者にとっても、また村や町に戻れるのか、仕事を再開できるのか、等々の不安の種はつきない。この状態を”原発うつ”と呼んだ精神科医もいる。
助手:
メンタルヘルスケアが重要になってくる、ということですが、その辺、福島県の対策はどうなっていますか?
博士:

原発周辺では4ヶ所の精神科病院が閉鎖状態となっており、人も施設も全く足りていなかった。そこで、福島県立医科大の精神科チームが中心となり、災害対策チームを立ち上げたところじゃ。


福島県立医科大精神科丹羽教授他チームの皆様と

 

助手:

医務官はそこに顔を出して、何をしていたんですか?

博士:

実は、一緒に南三陸に医療支援に来ていた柳澤医師はニューヨークのマウントサイナイ医科大学※から来ており、その彼と一緒に、海外からの支援申し出の仲介を行っていた。

助手:

ニューヨークからですか? どんな支援なんですか?

博士:

性質は異なるが、9.11という国難を経験したニューヨーク市は復興のためのプロジェクトをProject Liberty※と命名して予算を出し、被災者や救援活動を行った人たちのためのケアを実施した。マウントサイナイ医科大も米国政府の承認を得て復興支援者の治療を10年間にわたって行っていた。そうした蓄積された、反省を含む豊富な経験を、今回の被災地の支援、特にケアを行う人達への支援に利用できないないか、という提案が行われた。また、当時ニューヨークにいた日本人の人たちが作ったジャムズネット※という医療支援団体の経験についても、福島で役に立てられないかという提案が行われた、と聞いている。

助手:

なるほどね。それで福島側の反応はどうだったんですか?

博士:

丹羽教授以下、受け入れに前向きじゃった。5月14日には、東京、福島、ニューヨーク、ダルエスサラームを結んで「復興への提言NYC to Japan」というテーマでテレビ会議が行われ、今後、福島県立医科大を中心としたメンタルヘルスケアの支援につき協力していくことが決まった。

助手:

良かったですね。具体的には何か始まったのでしょうか?

博士:

うむ。まずジャムズネットのメンタルヘルスチームのホームページ※が立ち上がり、被災地の子供たちのケアを行う親御さんや教員向けの情報が提供されることになった。

助手:

確かに、悲惨な状況を目撃した子供たち、親を亡くした子供達などの心のケアが必要になるんでしょうね。

博士:

さらに、資金面では、ジャムズネットの中心団体である米国日本人医師会から福島県立医科大のメンタルヘルスケアプログラムに17万ドルが寄付されることになった。※

助手:

お金はいくらあっても足りないでしょうからね。福島では放射能の心配も大きいようですが、その辺についての支援は考えられていますか?

博士:

いい指摘じゃ。県立医科大側から、放射能被ばくへの不安による精神的影響などについてもアドバイスありたいとの要請があり、現在、マウントサイナイとコロンビアで協議中とのことじゃ。

助手:

ジャムズネット東京※の方からの具体的アクションはありましたか? 

博士:

ニューヨークのメンタルヘルスケアチームとタッグを組んで、まずは福島県で開催される多職種の参加する災害対策精神科医会に参加し、今後具体的な支援につなげる予定じゃ。さらに、医療+アルファとして音楽・芸術キャラバン隊の派遣も始まったところじゃ。


音楽キャラバン隊@いわき Bar QUEEN※

 

助手:キャラバン隊、って面白そうですね。確かに、音楽や芸術の力って、大きいですからね。いずれにしても、いろんな支援が始まったんですね。

博士:

他には、先日ニューヨークのセントラルパークで開催されたJapan Day※というお祭りの中で作成された折り鶴や薬玉などの折り紙※が福島の被災地に届けられる事が決定、またメンバーを通じてニュージャージーのTenafly高校からのメッセージボードが岩手県立大槌高校などに届けられることも決まった。もちろんジャムズネットばかりではない、国内外の多くのチームが、日本の復興のために支援を始めている。そして、大事なことは継続性じゃ。

助手:

まだまだ先がありますからね。博士が亡くなった後も、私が引き継ぎますので、ご心配なく。

博士:

そうじゃな、後は君に任せて・・・、という訳にはいかん。震災を生き残った者の義務として、まだまだ働かせていただかんとな。

助手:

そうですか。ちょっと、残念・・・。いやいやそういう意味ではなく、やっと私の番が来て、自由に活動できるかと思ったんですが。

博士:

いくらでも人材は必要じゃ。君でも十分働ける場所があるぞ。わしがいようがいまいが、君の活動には関係ないはずじゃ。

助手:

いや、そうなんですが、博士がいると、遠慮しちゃって・・・

博士:

遠慮? そうは見えんがな。そんなに自由にやりたかったら、何週間でも何ヶ月でも被災地でボランティアをしてきたら良い。

助手:

被災地でのボランティアですね。やる気はありますが、ホテルはありますか? ご飯は出ますでしょうか? お風呂は入れますか? 朝シャンは?

博士:

そんなもん、避難されている方々がご苦労されている現状で、期待する方がおかしい。そういうやつが、一番始末に負えない。ボランティアの基本は自立じゃ。少なくとも、現地の人に迷惑をかけるようなら行かん方がいい。

助手:

いやー、でも、こう見えて結構清潔好きなんで、毎朝シャンプーしないと髪がべたついて気持ちが悪いんですよね。それに、私は始めから駆けつけたい方なんですよね。

博士:

女子高生じゃないんだから、いい年をした大人の男が、朝シャンて、そっちの方がよっぽど気持ちが悪い。それに、後から行ったって十分仕事はある。それとも始めから行かないといけない理由でもあるのか?

助手:だから、言っているじゃないですか。私は、洗髪、先発が得意なんです、って。
博士:うーん、久しぶりにくだらないしゃれで涙が出る。君の場合は、髪ではなく、顔を洗って出直してきなさい!!

 

徳洲会TMAT

マウントサイナイ医科大学

NYC Project Liberty

http://www.nyc.gov/html/doh/html/liberty/nycpl.shtml

ジャムズネット(在ニューヨーク日本国総領事館HPより)

東日本大震災 NYからの心の相談110(ジャムズネットメンタルヘルスネットワーク)

米国日本人医師会

ジャムズネット日本(旧ジャムズネット東京)

Bar QUEEN

Japan Day @ Central Park

Enrichment Origami Art Therapy

 

 

 




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