タミフル®の話

2009年3月

助手:タミフルって、インフルエンザの薬ですよね。
博士:うむ。インフルエンザウイルスA、Bに有効なノイラミナーゼ阻害薬の一つoseltamivirの商品名じゃ。
助手:ノイローゼの阻害薬ですか?
博士:君につきあっているわしは確かにノイローゼ気味じゃが。ノイラミナーゼじゃ。インフルエンザウイルスの表面にある棘の一つの名前じゃ。
助手:ああ、鳥インフルエンザの話の時に聞いた気がします。H5N1型のNがノイラミナーゼでしたね。
博士:そうじゃ。インフルエンザウイルスは球体をしているが、その表面には、2種類の棘、スパイクがあり、一つが赤血球凝集素ヘマグルチニンのHA、そしてもう一つがノイラミナーゼのNAという訳じゃ。
助手:その、HとかNとかは、どんな働きをしているんですか?
博士:

ウイルスというのは、そもそも単独で複製することが出来ない。生き続けられないので、他の細胞に寄生、とりつく必要がある。インフルエンザウイルスの場合には、人の細胞ということになるが、その細胞に侵入するために使われるのがヘマグルチニンじゃ。ウイルスは人の細胞に侵入した後に、細胞の中で、遺伝子の本体であるRNAウイルスを複製させて、新たなインフルエンザウイルスを人の細胞内で増殖させる。そして、さらに次の細胞へ広がっていくんじゃが、細胞から出る、遊離・発芽する際に使われるのがノイラミナーゼのNじゃ。

助手:細胞から出る鍵であるノイラミナーゼの働きをじゃまをするのがタミフル、という訳ですね。
博士:

そうじゃ。従って、タミフルはウイルスを直接殺す抗生物質のような薬ではない。体内でウイルスが広がってしまってからでは効果がない。

助手:

ウイルスは人の体の中で、どの位のスピードで広がるんですか?

博士:ウイルス1個が100個に増殖するまで8時間、さらに8時間で10000、さらに8時間で1000000個と広がる。実際に侵入するウイルスは1個ということはないから、感染後1日で数百万個以上になってしまうと考えてよい。
助手:1日で数百万個、って、すごい早さですね。そうすると出来るだけ早く薬を飲んだ方がいいということになりますね。
博士:その通りじゃ。発熱などの症状が出現してから48時間以内に服用しないと効果が低いと言われている。
助手:日本ではタミフルの副作用、特に子供がマンションから飛び降りたとか、電車に飛び込んでしまった、とかの錯乱みたいな状態が話題になりましたよね。
博士:うむ。調査の結果、そうした異常行動とタミフルの直接的な因果関係はないということになった。しかし、インフルエンザには脳症という合併症もあり、若年者に内服させる際には十分な観察が必要という結論になっている。こうした副作用の症例報告は海外ではほとんどされていない。
助手:そうなんですか。どうしてでしょう。
博士:米国医薬品食品局(FDA)は日本人が体質的に副作用が出やすいという根拠はないとしているが、使用量が多かったことを指摘している。日本では保険が適応されて安価で購入できることもあり、世界の使用量の7割を占めていた時期があった。
助手:世界中の7割ですか。
博士:うむ。同じ先進国でも英国などは高齢者などリスクの高い人にしか使用しないという原則がある。米国でも過去2年の調査によるとインフルエンザでタミフルを使用した症例は4-6%であった。日本は使いすぎだったという反省はある。
助手:その使いすぎと関係あるんでしょうか? タミフルが効かないタイプのインフルエンザが日本でも流行しているの報道がありますよね。
博士:日本のみならずヨーロッパでAソ連型インフルエンザウイルスの耐性は既に大きな問題となっている。しかし、タミフルの使用量との相関関係は見られないので、今回の耐性、つまりタミフルが効かないタイプのウイルスの出現は自然発生によるものと考えられている。緊急に違うタイプの抗インフルエンザ薬の一つであるリレンザ(zanamivir)を輸入しはじめている。
助手:新型インフルエンザについてはどうなんでしょうか? タミフルは有効ですか?
博士:現在流行の鳥インフルエンザH5N1型については、タミフルの効果は十分に認められている。新型については、発生してみないとわからないが、効果があるものと期待されている。
助手:

期待されている、って、確実ではないのですか?  

博士:
効果はあるものと思われるが、万能ではない。政府は、他の薬剤、リレンザの備蓄や、作用機序の異なる新薬の開発も急いでいる。
助手:
私もタミフルを用意しておいた方が良いですか?
博士:
処方箋薬じゃし副作用もあるんじゃから個人で備蓄するのは本来認められていない。医療機関を受診して投薬をうけるのが基本じゃ。途上国など、実際に手に入らない地域では仕方がないかもしれんが、その前に、食料品や医療品の備蓄、マスクなどの防御品の用意、咳エチケットや手荒いの方法などの確認の方も、重要じゃ。
助手:
咳エチケット、手洗いの方法なんて、小学生じゃないんですから知ってますよ。
博士:
そうか? 風邪をひいて咳していてもマスクもせずに、電車に乗って会社に行っていなかったか? 外出から帰って、手も洗わずに、おみやげのせんべいをつまんでいなかったか?
助手:
なーんか、見ていたようなことを言いますね。日本からいただいた貴重品なんで、どうしてもすぐに食べたかったんです。その通りですけど。
博士:
新型のみならず、普通の風邪、インフルエンザにおいて、重要なことはこうしたマナー、エチケットを守り、社会防衛をすることじゃ。手を介しての接触感染、くしゃみを介しての飛沫感染により、ウイルスは広がってしまうんじゃ。君が、そんな事も守らずに会社に無駄に来ることにより、何人、いや何千人もの人が風邪やインフルエンザに罹った可能性があるんじゃぞ。
助手:
博士、そんなにムキになって怒らなくても。わかりました、謝ります。私が多くの人を感染させてしまいました。
博士:わかればよろしい。皆がそういう気持ちで取り組めば、インフルエンザの広がりを小さくおさえることが出来る。そもそも君はたいした仕事をしていないんだから、病気になった時は無理して会社に行かなくていい。
助手:
わかりました。今日も、既にめまいがしてきましたので、もう家に帰ることにします。
博士:
病気ならしかたがないが、そんなことを言って午後ココビーチ※あたりで遊んでいたらいかんぞ。
助手:
いや、めんぼくない。ちょっといい風が吹いていたので、波乗りには調子がいいかと思いまして・・・。
博士:
風がふくと桶屋が儲かる、という話は聞いたことがあったが、風がふくとオケラがもうかるんじゃな、君の場合は。
助手:
オケラって、確かに私はお金がないオケラではありますが。博士、お金貸して下さい。新型インフルエンザに備えて備蓄もしないといけないんで。
博士:
貸してもよいが返ってこないからな。全く、せっかく大事な話をしてやったのに、結局、年寄り、翁(おきな)いじめじゃな。わしの場合は、風邪の話で翁が損する、か・・・

 













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