2010年9月
助手: | 博士、日本は暑かったですね。特に蒸し暑さは最悪でした。熱中症の患者数も過去最高だったとか。 |
博士: | そうじゃな。ダルエスサラームは、一番気候の良い時期であり、帰って来てほっとしたのは事実じゃ。 |
助手: | 日本は、暑さもそうですが、不景気もあって、精神的にもあっぷあっぷしている感じでしたね。 |
博士: | メンタルヘルス障害は、いろんな企業で問題になってきておる。 |
助手: | 日本の自殺者の数は多いままですね。年間3万人でしたっけ。 |
博士: | うむ。平成10年以降、自殺者数は3万人を超え、すでに12年経過してしまった。企業における労災補償数でも、自殺は毎年100件を超えている。 |
助手: | えーっと、労災補償というのは、その人の自殺が、仕事と関係していたと認定されたということですね。 |
博士: | そうじゃ。労災として認定されると企業側は多額な賠償金を支払うことになる。 |
助手: | 企業にとって経営上も大きな問題になるわけですね。どんな場合に、企業側の責任が問われることになりますか? そもそも、自殺はその人の意志、故意によるものではないのですか? |
博士: | 確かに、自殺そのものは故意による死亡と考えられるケースもあるが、その背景に業務に起因した精神障害があったとすれば話は違ってくる。 |
助手: | 自殺の原因が精神障害にある場合、ということですね。 |
博士: | そうじゃ。「精神障害によって、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑止力が著しく阻害された状態」に陥っていたと推定される場合には、その自殺は精神障害によるもので、翻って業務起因性と認められることにつながる。 |
助手: | なんか、まどろっこしいですが、要は、会社は社員が業務が理由で精神障害、さらに自殺という事態にならないように注意しなければならない、ということですね。 |
博士: | そういうことじゃ。労働契約法第5条で、「使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう、必要な配慮をするものとする」、つまり安全配慮義務があることを述べている。さらに、この「生命、身体等の安全」には、心身の健康も含まれる、とあり、業務による心理的負荷、すなわちストレスを減らすことが求められている。 |
助手: | 仕事に関係しない心理的負荷やストレス、例えば家庭や個人的な要因が原因というケースもありますよね。その場合でも企業は責任を問われるのですか? |
博士: | 業務上の負荷なのか、業務外が原因なのかについては、当然判断される。また個人の脆弱性や性格傾向なども認定の際には勘案され、状況に応じて相殺される。多くの場合原因は複合的であり、100%、業務上、業務外ということは少ない。実際の現場では職場における心理的負荷表※というのがあり、それが参考にされている。 |
助手: | なるほど。この表には、出来事の種類、具体的な事例に応じた心理的負荷の強度が記載されているんですね。 |
博士: | この負荷表に昨年追加、あるいは強度が変更されたものには「複数名で担当していた業務を一人で担当するようになった」、「違法行為を強要された」、「顧客や取引先から無理な注文を受けた」、「達成困難なノルマが課された」など、近年の経済不況の影響を受けた項目が追加されている。この変更の元になったのは首都圏を中心とした労働者3,854名(内女性496名)に聞いた平成18年度の調査であり、その結果が下記じゃ。具体的なストレスの強度、頻度が一覧表になっている。 「精神障害を引き起こすストレス調査に関する研究 18年度委託研究報告書」 |
助手: | 会社の倒産など、まさに最近の不況や、産業構造の変化が原因になっているストレスが並んでいますね。でも、やっぱり目立つのは退職を強要されたとか、ひどい嫌がらせ・いじめ・又は暴行を受けたなどのパワハラ、人間関係でしょうか。 |
博士: | そうじゃな。人間関係の他には、仕事の裁量権・自由度の低さなどがストレスとして多く挙げられている。 |
助手: | でも、こうした事例全てに会社や上司は気を配らなければならないとすれば、本当にたいへんですね。 |
博士: | 「部下とのトラブルがあった」との項目が強度が強いものと挙げられており、上司のストレスもうかがわれる。しかし、いずれにしても上司、管理監督者は、十分に職場の環境に配慮する必要があることに違いはない。 |
助手: | 具体的にはどんなことに気をつけたり、対応していったりしたら良いのでしょうか? |
博士: | まずは、日頃から部下の労働時間、業務量、業務内容、体調を把握しておくこと。いわゆる“目配り”をして、前兆に気づくこと。そのためには、日頃から部下と挨拶などを通じたコミュニケーションをとっておくことじゃ。健康診断の結果などの情報も必要があれば産業医を通じて得ておくことも重要じゃ。 |
助手: | 日頃の様子がわからなければ、体調が変化したかどうか気づかない、ということですね。 |
博士: | そして、ちょっと気になる社員がいた場合には、同僚や家族から情報を集めながら、積極的に聴く、すなわち声かけ、アクティブリスニングを行う必要がある。 |
助手: | 待っていないで、自分から声をかける、ということですね。 |
博士: | 話を聞いてみて、その中で、「眠れない」「食欲がない」「死ぬことを考える」などの発言があった場合には、要注意じゃ。 |
助手: | 「死ぬことを考える」じゃ、要注意どころじゃありませんね。 |
博士: | まあそうじゃが、慌てて稚拙に対応してはいかん。他、遅刻、早退、無断欠勤なども要注意のサインじゃ。 |
助手: | ほおっておいてはいけない、ということですね。 |
博士: | 2週間以上放置していると上司の責任を問われると思って良い。さらに、もし健康上、精神面で問題があると感じた場合には、上司は一人で抱え込まず、専門家に相談することも重要じゃ。ただし、その場合には可能な限り本人の許可をとる必要がある。 |
助手: | 本人がいやがった場合にはどうしたら良いのでしょうか? |
博士: | 職場が本人の健康状態を心配している、本人のために職場が困っていることを正直に伝えて、専門家に相談することを話した上で、受診をうながすのが良い。 |
助手: | でも、専門家といっても、こういう海外に住んでいると、なかなか相談や受診も難しいですよね。逆に、社員・部下が、外国など遠方の地にいて、日頃の様子を見られないこともありますよね。そいう場合にはどうしたら良いのでしょう。 |
博士: | 遠方にいる職員については、次の項目を定期的に電話やメールで尋ねると良い。1.原因のはっきりしない体調不良はないか? 2.食べられているか? 3.眠れているか? 4.酒量が急に増えていないか? 5.気分や言動が不安定になっていないか? 6.仕事はある程度こなせているか? |
助手: | 不眠になったり、酒の量が増えていたりしたら要注意ということですね。 |
博士: | そうじゃ。そして、問題があると判断された場合には、言葉や文化的背景に理解のある日本人の専門家に相談する必要がある。日本に産業医がいれば良いが、いない場合には、日本全国各地にある労災病院※の相談窓口に連絡しても良い。 |
助手: | 当地の場合、医務官でも良いのでしょうか? |
博士: | 頼りになるかどうかは不明じゃが、相談は可能じゃ。さらに、海外に居住している邦人からの相談に一時的に応じているジャムズネット東京※という団体もある。 |
助手: | わかりました。それにしても、今、企業の上司になる人はたいへんですね。ならなくて良かった。 |
博士: | ならないのではなくて、なれないじゃろ、君の場合。 |
助手: | まあ、責任が重いのもいやですが、怒られたりすることもいやですね。実際、親にも怒られたことがありません。 |
博士: | そんな脆弱な若者が増えておるな。会社で初めて上司に叱責され、その後、うつ病になってしまうなどの例が後を絶たない。自分が若いころは、“獅子は我が子を千尋の谷に落とす”と言ってな、落とされても這い上がっていったもんじゃ。部下に対してもそうやって鍛えていた時代じゃった。 |
助手: | 博士!! そんな、子供を谷に落とすようなことしたら、今は誰も這い上がってこないどころか、虐待、ハラスメントで訴えられて、上司の方が一生谷底暮らしですよ。 |
博士: | そうかもしれんな。悲しい話じゃが、それが現実じゃろう。 |
助手: | そうですよ。労働者は、ライオンや獅子ではありませんからね。 |
博士: | 獅子ではないとすれば、何じゃ? 君の場合は、“ナマケモノ”か? |
助手: | 博士、それもパワハラですよ!! 若い労働者は、大切に、大事に扱ってください。我々は、獅子ではなく“虎の子”ですから、って・・・・、お後がよろしいようで。 |
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