口腔ケアの話

2011年 9月

 

助手:

博士、飛行機での注意、ですか? 

博士:

”こうくう”違いじゃ。口の中の手当の重要性についての話じゃ。

助手:

口の中のケアって、怠っていても、せいぜい虫歯になる位じゃないんですか?

博士:

虫歯、歯槽膿漏はもちろんじゃが、最近は口の中の衛生状態が全身的な疾病と関係していることがわかってきた。

助手:

それは、知りませんでした。歯磨きも馬鹿にならないということですね。どんな病気と関係があることがわかったのですか?

博士:

心・血管疾患、糖尿病、早産・低体重児出産、肺炎、骨粗鬆症、アレルギーなどなどじゃ。

助手:

心臓病や糖尿病などもですか。驚きですね。どう関係するんですか?

博士:

そもそも、虫歯や歯周病の原因は知っておるか?

助手:

あ、そうか。日本のテレビコマーシャルでやっていました。虫歯菌、歯周病菌て言ってましたから、何かの細菌なんじゃないですか?

博士:

虫歯菌とは言わないが、いずれも歯垢の中にいる細菌が原因じゃ。具体的には、虫歯、つまり”う蝕”の場合は、Streptococcus mutans、歯周病の場合はPorphyromonas gingivalisなどが代表的な細菌じゃ。

助手:

その、何ですか、ストチャンやポルフィちゃんが、心臓病とどういう風に関係するんでしょうか?

博士:

そういう風に呼ぶとかわいいが、これらの菌により動脈硬化が起こることがわかった。

助手:

そうなんですか。動脈硬化が結果として心臓病につながる、という訳ですね。

博士:

そうじゃ。歯周病の患者さんは冠動脈疾患、すなわち狭心症や心筋梗塞を発症する危険性が25%増加すること、冠動脈疾患に罹患する相対危険度が1.72倍になることが米国の追跡調査で判明している。

助手:

25%増、あるいは1.72倍というのは大きな違いですね。糖尿病も動脈硬化と関係するんですか?

博士:糖尿病の場合には、歯肉の慢性的な炎症によって産生されるサイトカインのTNF-αやIL-1が、末梢のインスリン抵抗性を増大させていると考えられている。
助手:その斉藤家のTRFさんが何か悪いことをしている、と。

博士:

TRFって懐かしいな。小室哲哉ブームのきっかけとなったボーカル+DJ+ダンスグループで「Overnight Sensation」で第37回レコード大賞を受賞しているな。

助手:

博士、相変わらずポップスに詳しいですね。でも、私のボケにボケなくていいですよ。長くなりますから。

博士:

そうか? もっと話せるが・・。まあともかく、TNFという腫瘍壊死因子やIL-1というインターロイキンが、インスリンを効かなくさせ、糖尿病を誘発している、という話じゃ。

助手:

そうなんですね。糖尿病などは生活習慣病かと思っていましたが、口腔ケアも関係していたのですね。

博士:

生活習慣病、肥満や高血圧などとの相互作用により、糖尿病の病態を悪化させていると考えられている。

助手:

肺炎は、菌が肺に入り込むためですか?

博士:

誤嚥性(ごえんせい)肺炎といって、食べ物を菌と一緒に吸い込んでしまうことにより肺炎が起きると言われている。肺炎の他にはインフルエンザも口腔ケアと深い関係があることがわかっておる。

助手:

あ、それ聞いたことあります。何かのテレビでやっていました。老人施設で調べたんですよね。
博士:介護福祉施設で歯科衛生士が高齢者に対しブラッシング指導や舌磨きを行い、歯や口の汚れを取り除くといった口腔ケアを週一回実施した。その結果、普通に歯磨きだけをしていた場合と比べてインフルエンザ発症率が10分の1に激減した、という報告がある。

助手:

舌もみがかないといけないのですか?

博士:

うむ。舌にできる苔も歯垢と同様にプロテアーゼという酵素の発生場所になっている。このプロテアーゼが気道の粘膜を覆っているタンパク質を破壊し、それがインフルエンザを進入しやすくしてしまうと考えられている。

助手:

舌って、歯ブラシで磨くんですか?
博士:

歯ブラシでも良いが、やさしく行う必要がある。専用の道具も市販されている。古くは、インドのアーユルベーダなどでは2千年前から舌みがきが推奨されていた。


インドの舌ブラシ

 

助手:

古い時代から、口の中の清潔の重要性は言われていたのですね。

博士:

そうじゃ。釈迦の仏典にも歯磨きを推奨する記述が残っている。インドばかりではなく、古代エジプトのパピルスにも歯磨きの処方の記録があり、ギリシャのヒポクラテスも虫歯と関節炎の関係について述べていた。

助手:

へー、そうなんですか。博士。そう言えば、東日本大震災の被災地では水道水が長いこと使えなかったりと、歯磨きが出来にくい状態にあったと聞いています。そういう場合の口腔ケアはどうしたら良いのでしょうか?

博士:

いい質問じゃな。インフルエンザなどの呼吸器感染症の蔓延を防ぐ意味で、避難所においても口腔ケアは重要じゃ。7月に札幌で開催された日本渡航医学会でも歯科の専門家からの発表に対し、同様な質問が会場から出ていた。専門家の回答は、水道水が使えない場合でもミネラルウォーターを利用する、あるいは、ウエットティッシュなどを利用して、せめて歯茎の清掃は行っていただきたい、というものじゃった。ワシからは追加として、上記の舌ブラシも有効じゃ、と言いたい。

助手:

渡航医学会ね。その歯科の先生は他にどんな話をされていたのですか?

博士:

今回は災害医療がテーマだったんじゃが、遺体の身元確認上、歯科情報が非常に有用である、という話があったな。
助手:
遺体の身元確認って、DNAで行うんじゃないんですか?
博士:遺体の身元確認方法じゃが、まずは顔貌や所持品などで判断する。それが出来ない場合には、指紋・歯、そしてDNA鑑定をするというのが世界標準になっておる。
助手:いきなりDNA鑑定をするわけではないのですね。
博士:DNA鑑定は、検体に間違いが無ければ、日本人集団4兆7000億人に一人の割合でしか一致しないので、確実な方法ではある。しかし、明らかに本人由来とわかる物、例えば”へその緒”とか、ヘアーブラシについていた髪の毛などと照合する必要がある。その手の物が手に入らないこともあるし、またDNAの場合はコンタミネーションも少なくない。
助手:

そうですね。へその緒なんか、引っ越していたりすると親も捨てていますよね。部屋の掃除がちゃんとされていれば髪の毛なども見つからないかもしれないし、そもそも博士のように髪の毛の無い人もいますしね。博士、そのコンタミネーションって、どういう意味ですか?

博士:わしの髪の毛の話はよけいじゃが、コンタミネーションというのは簡単に言えば、資料の混入ということじゃ。他人の体液など生体成分が紛れ込んでいるケースも多く、その資料を間違って増幅させて調べてしまうこともあるんじゃ。
助手:そうか。知らない間に、他人が触れている、っていうこともあるわけですね。それにしても、本人の資料が無くても、親とか兄弟の血液を採取すれば、わかるんじゃないですか?
博士:ここだけの話じゃが。実際に生物学的な親子でないケースもある。実の両親2人と本人の3人の検体が揃っていない場合、例えば親1人と子供1人、あるいは兄弟の鑑定のみでは、その判定は難しく、明確な判断が出来ないことも多い。
助手:そうか、怖い話ですね。子供の死後に、実はこの子はあなたのお子さんではありません、と告げられたらいやですね。母親のみ知る事実、ってことありますものね。
博士:まあ、検査機関もそんな無粋な事は言わないようじゃが・・・、あまりこの辺の話は広げないようにしよう。とにかく、実際に、例えば2004年タイの巨大津波災害での遺体においては、確認された2248人の確認方法は、歯牙所見が56%、指紋が22%、DNAは1%だったとの報告がある。

助手:

わかりました。歯医者に行ってレントゲンを撮っておくことはそうした観点からも重要なんですね。でも、当地では歯医者に行きたくないですね。この間、虫歯で歯を抜いてもらったが、その後いつまでも痛くて、よくよく鏡で見たら、舌に大きな傷をつけられていた、という話も聞きました。歯医者の手が大きくて、口に入らず、細かい作業が出来なかったとか。

博士:

まあ、そんなこともあるかもしれんな。清潔面でも心配じゃしな。そういう意味では、日本で十分に手入れをしてから途上国には赴任すべきじゃろう。

助手:

もう赴任しちゃってますからね。遅いですね。

博士:

それだけに日頃の手入れが大切、ということじゃ。

助手:

いやー、本当に外国で虫歯になると辛いですね。ズキズキ痛むと、食欲も低下するし、他の体調も悪くなりますね、実際。博士は大丈夫ですか? 80歳時に20本の歯を残そう、などというキャンペーンもありましたよね。

博士:

8020(はちまるにいまる)運動※じゃな。幸いワシは君と違って、昔から固い物もよく食べておるから歯は丈夫じゃ。目の方は、だいぶ老眼が進んでおるがな。

助手:

そうですね。僕らはファーストフード世代ですから、柔らかい物ばかり食べていたかもしれません。

博士:

顎の発達が退化しておるな。

助手:

でも、それは我々の世代では顎のラインがしゅっとしていてイケメン顔なんです。顎の大きい昔の顔は流行りませんね。

博士:

流行かどうかは知らんが、歯は大事じゃぞ。

助手:

博士、丈夫かもしれませんが、歯医者だけは行っておいてくださいね。

博士:

おっ、わしの健康を気遣ってくれておるのか? うれしいな。

助手:

いやー、いざという時に、身元確認できなくて苦労するのはいやですから。

博士:

なんじゃ。死んだ後の心配をしているだけか。心配いらんじゃろ。君とは親戚関係でもないし、遺産等でもめることもないはずじゃ。

助手:いやー、わかりませんよ。意外に、博士のお子さんと思っていた方が実は違っていたり、他人と思っていた私が博士の息子だったりして・・・

博士:

そんなはずは・・・。心配になってきた。DNA鑑定で・・

助手:

そういう科学的なことは、亡くなるまでしない方が幸せ、ってこともあるかもしれませんよ。

博士:

いや、一科学者としては、結果を受け入れる覚悟はある・・・、心当たりが全く無いわけでもないから・・・・。

助手:

・・・なんだか違う展開になってきましたから、この辺で止めておきましょう。読者の皆様も、口腔ケアと共に、家庭内ケアも、大切に!! 


8020推進財団


 




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