発熱の話 

2010年6月

助手:
博士、当地に来てから2年近くになりますが、すでに何回か発熱しました。そもそも、発熱とは、どういう状態なのでしょう?
博士:
人間を含めた哺乳類は、体温が常に一定の恒温動物であり、これは脳の視床下部などの体温調節中枢によって保たれている。この破綻、機能異常で、体温が高くなったりする。これが発熱じゃ。原因としては、2種類ある。一つは環境によるもの、もう一つは内部の原因で感染症などによるものじゃ。
助手:
環境によるものって、熱射病ですか?
博士:
そうじゃ。体外環境が、高熱・多湿・無風という状況では、体外へ放熱することができなくなり、うつ熱と呼ばれる高体温になってしまう。この状態の代表が熱射病じゃな。
助手:
部屋にこもると”うつ病”で、熱がこもると”うつ熱”というわけですすね。もう一方の感染症で発熱するのはどういうわけですか?
博士:
細菌やウイルスなどが体内に進入すると、免疫反応が起きる。免疫を司るマクロファージ、好中球などの細胞が活性化され、 内因性発熱物質であるインターロイキンが放出される。これが、脳内の血管内皮細胞に作用しプロスタグランジンが産生される。プロスタグランジンは視床下部の体温調節中枢に作用、具体的には体温のセットポイントを上昇させ、発熱すると考えられている。
助手:
なんだか、結構複雑なメカニズムですが、まあ、要するに、免疫の作用で熱が上がる、ってことですね。
博士:

ずいぶんと短くしてくれたな。細菌やウイルスをたたくためのメカニズムであることは確かじゃ。従って、安易に解熱剤を使うことが良くないというのも、そのためじゃ。

助手:
日本とタンザニアでは、細菌やウイルスの種類が違うでしょうから、考えるべき病気も違ってくるんでしょうね。
博士:

そうじゃ。日本で熱があった場合には、医者は、呼吸器系では風邪・インフルエンザ・肺炎、腹部症状があれば胆嚢炎や虫垂炎、泌尿器の症状があれば腎盂腎炎などを考える。まあ、頻度の多いのは風邪症候群じゃがな。

助手:

風邪ですよね。それが、タンザニアの場合は、何を考える必要がありますか?

博士:
タンザニアの場合でも、一番多いのは、風邪症候群であることに間違いはない。ただ、風邪の話でも述べたが、風邪と呼ばれる原因ウイルスは200種類以上あると言われており、当地ではただの風邪でも、全く免疫がないタイプのウイルスのことも多く、日本にいる時より高熱になったり長引いたりすることがある。
助手:
そうですか。確かに、マラリアでもないなのなかなか治らないケースもあるようですね。
博士:
うむ。そして、そうした風邪症候群では、基本的には休んでいれば治るし死んだりすることはない。問題は、重症化したり死亡したりする可能性のある感染症じゃ。
助手:
その代表がマラリア、ということになるんですね。
博士:
そうじゃ。当地で流行している熱帯熱マラリアは治療が遅れれば死亡する。他には、デング熱や腸チフスも頭においておかんといかん。当地で注意すべき3大感染症と言えるじゃろう。
助手:
それぞれ、どうやって区別するんですか?
博士:
いずれも発熱性疾患であるが、まずマラリアについては症状は多彩じゃ。最初は37度程度の微熱しかでないケースもある。嘔気・嘔吐・下痢などの消化器症状が強い場合もある。よく言われる周期的な発熱、解熱時の悪寒、ふるえなどが無い場合もある。気がついたら脳症になって意識が無くなっていたなどいう症例も報告されている。
助手:
やはり、怖い病気なんですね。
博士:

うむ。まずは疑って、顕微鏡検査でマラリア原虫を確認してもらうこと。症状が発現してから5日以内には、アルテミシニンの合剤であるコアーテムなどの抗マラリア薬服用することじゃ。 

助手:
デング熱の特徴はどんなものですか?
博士:

まずは急激な発熱で39度以上出る。頭痛、関節痛、筋肉痛、眼窩痛、倦怠感、消化器症状などもある。倦怠感は強く、ベッドに寝たきりになってしまうこともある。熱は4日から8日程度続き、一度下がってまた上がるという2相性になることもあるが、解熱する頃に体や四肢にかゆみを伴なう湿疹が出現する。

助手:
湿疹というと、ブツブツですか?
博士:
皮膚から隆起するブツブツの湿疹ではない。平坦で細かい点状出血がひろがり、麻疹様、あるいは猩紅熱様と説明されているが、全体が赤くなる感じじゃ。
助手:

これも死んだりするんですか? 

博士:

ほとんどの症例で後遺症なく自然に治癒、軽快する。しかし、まれにデング出血熱やデングショックといった重症になることもあり、要注意じゃ。

助手:
3つ目の腸チフスですが、腸の病気ということは下痢するんですか?
博士:
サルモネラ菌が飲食物を介して体内に進入する。その入口は小腸粘膜であり、腸に炎症が起きることに間違いはない。しかし、最初はむしろ下痢するケースもあり、腸の症状ではわからない。基本的には菌が血液に入ることにより生じる発熱疾患じゃ。
助手:
どんな発熱の仕方ですか?
博士:

階段状発熱といって当初の4-5日は徐々に上がっていく。1週間後には39~40度となり、稽留熱といって1日の中で差がない高熱状態が続く。10日から14日後にはは徐々に解熱し、胸などにバラ疹と呼ばれる発疹が出ることもある。他には頭痛、悪寒、脾腫、倦怠感などの症状がある。重症化すると腸から出血したり、穿孔といって穴があいて死亡してしまうこともある。

助手:
たいへんな病気ですね。それにしても、ずいぶん長いこと熱が出ているんですね。
博士:
うむ。全く治療しないと、そうなるということじゃ。
助手:
3つの病気とも、熱があって頭が痛くなったり、消化器の症状があったりですから、症状だけでは区別出来ないですね。
博士:
そうなんじゃ。最終的には病院での検査が必要で、マラリアであれば顕微鏡検査、デング熱であればデング熱ウイルスのIgM抗体の検出、腸チフスであれば培養により菌を検出することが必須じゃ。
助手:
治療もそれぞれ違うんですね。
博士:
もちろんじゃ。マラリアであれば抗マラリヤ薬、腸チフスであれば抗生物質、デング熱は治療薬は無いので症状に応じて解熱剤や点滴を行うことになる。
助手:
この間、入院した人の話では、上記3つの治療を同時に行っていたとか。3種の病気に同時に感染するということはあるのでしょうか?
博士:
2種類ということはあっても、3種類はどうかな。当地の診断技術がまだまだ低い、という証拠じゃな。可能性のある病気の治療を全てしている、ということかもしれん。
助手:
そんな治療の仕方をしていて、副作用とか問題ないんでしょうか?
博士:

どんな薬でも副作用はあるし、そのために肝臓に障害を起こすことはある。しかし、当地のように正確な診断ができないような国では、副作用の心配をして薬を投与しないよりも、重症化あるいは死亡する可能性のある疾患を予防的にでもたたく、という方法しかないのかもしれん。たとえそのことで、耐性が出現するようになってもな、残念じゃが。

助手:
難しい問題なんですね。まして、貧困層の場合には、そうした薬すら投与されずに重症化することも多いんでしょうし・・。
博士:そうじゃ。まあ、我々の場合には、当地はそういう状況であることを理解して、病気にならないよう十分な予防措置をとる、ということじゃな。蚊に刺されないようにするとか、腸チフスであればワクチンを受ける、とか。
助手:

”転ばぬ先の杖”、ですね。博士、それにしても、雨季開けのダルエスサラーム市内の道路は本当に穴ぼこだらけですね。杖があっても、車に乗っていても、車の中で転びそうです。まさに”雨後のアナボコ”ですね。

博士:何が、まさにじゃ。それも言うなら、”雨後のタケノコ”じゃろ。
助手:博士、当地にタケノコは無いんです。タケノコ食べたーーい。
博士:

確かに6月は筍の旬じゃったな。そろそろ休暇をやるとするか。

という訳で、読者の皆様。来月の”博士と助手”は、おやすみさせていただきます。御健康にお過ごしください。









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