歯周病の話

2011年 11月

 

助手:

博士、日本で歯周病の疑いがあるって言われたことがあるんですが、先月歯医者さんの講演会が行われたようですね。 

博士:

うむ。外務省歯科診療所所長の堤義親(つつみ よしちか)先生が来訪され、邦人向けに大使公邸で講演会を行った。

助手:

どんな内容だったのですか?

博士:

歯周病と生活習慣病などの全身疾患についての関係についての話じゃった。 

助手:

それって、9月号のこのシリーズでも博士が説明されていた話でしたね。

博士:

基本的にそうじゃが、より専門的な内容であり、具体的なケアの仕方などについても、細かく説明があった。

助手:

心臓病や糖尿病に関係しているって、話でしたよね。

博士:

その具体的なメカニズムじゃが、2つ経路があるという説明じゃ。

助手:

歯周病菌でしたっけ、その作用の仕方が2つある、ということですか?

博士:

そうじゃ。代表的な歯周病菌にはPorphyromonas gingivalis、Treponema denticola 、Tannerella forsythiaなどがあるが、特に最初のgingivalisはよく知られている。

助手:

それ、前にも出てきましたね。そのギバちゃんが悪さするんですね。

博士:

柳葉じゃないんだからギバちゃんではない。gじゃが、ジと発音するのでジンジバリスじゃ。英語の歯肉gingiva、ジンジバからとっている名前じゃ。

助手:

そのジンジカさんが、どういう作用をするんですか?

博士:

異動の時期じゃないんだから人事課は関係ないが・・・、このジンジバリスは、酸素のあるところでは生育しない嫌気性菌で通常は歯周ポケット内で増殖している。 しかし、慢性歯周病の患者においては、血液中にジンジバリスの特異抗体が多数見つかっている。

助手:

血液中に抗体が見つかっているということは、ジンジバリスは血液中に流れている、という証明なるわけですね。でも、細菌が血液中に入れば、それこそ体の免疫が働いて、細菌を排除するのではないのでしょうか?
博士:いい指摘じゃ。ジンジバリスは血小板を凝集する作用があり、菌の周囲を血小板で取り囲み、免疫から逃れているらしい。
助手:なるほど、血液中では隠れていて、心臓などの臓器に達してから感染症を起こす、というわけですね。

博士:

確かに細菌性心内膜炎のケースでは、心臓弁膜にジンジバリスやアクチノマイセテムコミタンスなどの歯周病菌が確認されており、原因として疑われている。

助手:

アクチノ何とか、ってまた長い名前の菌もあるんですね。要するに、心臓の感染症の原因になっているわけですね。

博士:

その他、感染症ではないが、虚血性疾患の原因と言われているアテローム(粥状)病変内にもジンジバリスなどの歯周病菌が確認されており、原因の一つと言われている。

助手:

感染症だけではないんですね。

博士:

アテローム病変ということであれば、脳梗塞、心筋梗塞など全て動脈硬化性疾患が関係してくる。

助手:

博士、前の口腔ケアの話で、糖尿病も歯周病が原因、ということでしたよね。

博士:

そうじゃ。糖尿病の人に歯周病が多いことは知られていた。糖尿病により免疫力が低下し、それが歯茎の炎症を引き起こすと考えられており、糖尿病の合併症と言われていたんじゃ。

助手:

以前は、糖尿病の方が原因であると。
博士:

うむ。それはそれで間違いではないんじゃが、近年、悪化した歯周病が炎症により産出するTNF-α(Tumor Necrosis Factor: 腫瘍壊死因子)がインスリンの働きを妨げることがわかってきた。 

助手:

インスリンというのは血糖値を下げるホルモンですよね。つまりインスリンの作用がじゃまされるということで、糖尿病になる、ということですね。

博士:

そうなんじゃ。以前は、歯周病のある人には、糖尿病の治療をしっかりしてください、と指導していたんじゃが、逆に最近は歯周病の治療をすることで糖尿病が改善されることもわかってきている。具体的には、II型糖尿病の患者さんに歯石除去や歯周ポケットへの抗生剤注入などの歯周病治療を行ったところ、糖尿病の指標であるHbA1cが低下した、という報告がなされている。

助手:

なるほどね。そうすると、糖尿病が歯周炎を重篤化させ、さらに、歯周感染が糖尿病を悪化させるという悪循環なわけですね。
博士:

そういうことじゃ。そして、この炎症性物質であるTNF-αなどは、他の疾患にも影響している。これが第2のルートである。 

助手:

1つめは、細菌のよる直接的な感染症、そして2番目が炎症性物質の影響、という、最初のメカニズムの説明に戻るわけですね。

博士:

うむ。動脈硬化についても、アテローム性病変内にジンジバリスなどの細菌が見つかったことは説明したが、そのメカニズムも判明してきている。1つは細菌による直接作用。そして2つめは間接的になるが、ジンジバリスは血管壁に作用して炎症性物質のサイトカイン産生を誘導することによりマクロファージを呼び寄せ、さらに血管壁の接着分子の作用によりマクロファージの細胞壁への侵入を促している。

助手:

また、何だか、サイトークンやらなんやら出来てきましたが、こうした炎症物質が、マクロファージを呼ぶと。そのマクロファージが何か悪さするんですか?

博士:

サイトカインじゃ。そして、血管壁に入ったマクロファージは健康診断のコレステロール項目としても有名なLDLを貪食し、泡沫細胞となる。この泡沫細胞が増加して、だんだん血管が狭くなってくるんじゃ。

助手:

血管が狭くなって、脳梗塞や心筋梗塞につながる、ということですね。なるほど、歯周病は他の病気にも関係しているとか。

博士:

感染症である心内膜炎、誤嚥性肺炎、動脈硬化が原因の虚血性心疾患、脳梗塞・脳出血、糖尿病や高脂血症、肥満などの生活習慣病以外では、早産・低体重児出産が関係していることがわかってきておる。
助手:
産む側の女性の体を考えたら、赤ちゃんの体重は小さめの方が良いような気がしますが、問題があるのでしょうか?
博士:

近年、低体重児における脳細胞の未発達による脳障害発生リスクが注目を集めておる。2500g未満の低体重児は、脳細胞においても未発達のまま生まれてきており、体内で獲得すべき脳細胞は、出生後はこれを補填出来ないことが明らかになって来た。 

助手:そうなんですか。生まれてきた時小さくても、後で十分な栄養が与えられれば脳も発達するわけではないんですね。それじゃあ、大きく産まないとだめですね。
博士:大き過ぎる必要はない。早産もそうじゃが、脳の研究についてはこれからじゃから、不明の点も多いんじゃが、お母さんのお腹の中にいる期間というのはそれなりに意味があるということじゃ。
助手:

そして、その早産や低体重児出産にお母さんの歯周病が関係していると。

博士:「歯周病は、早産に対しては4.28倍、低体重児出産に対しては2.30倍、早産・低体重児出産に対しては5.28倍のリスクがある」という報告がされている。
助手:5倍って、結構な倍率ですよね。
博士:そして、ここにおいても、歯周病菌の直接作用と炎症性物質の間接作用がそのメカニズムに関係している。また、歯周病の治療をすることにより、そうしたリスクが低下することも報告されている。もともと生まれたばかりの赤ちゃんの口の中に細菌はいない。しかし、食べ物あるいはお母さんを通じて、最終的には500種類以上の細菌を口の中に飼うことになってしまう。お母さんの口の中は、そういう意味でも非常に重要な問題じゃ。
助手:お母さんの責任重大なんですね。これから子供を産む可能性のある若い女性には、是非知っておいてもらいたい話ですね。
博士:そうじゃ。そして若い人ばかりではない。歯周病は認知症の原因としても知られている。
助手:えー、そうなんですか?
博士:認知症を発症するリスクは、自分の歯が20本以上ある人に比べて、歯がほとんど無くて入れ歯を使っている人では1.2倍、歯が殆ど無くて入れ歯も使っていない人では1.9倍に高まっていたことが報告されておる。そして、歯が無い高齢者で、認知症のリスクが高くなるのは、歯周病が認知症の一因となる脳梗塞に関係していることに加え、噛む力の低下で脳への刺激が失われるためと考えられておる。

助手:

博士は歯が少ないですよね。それで・・・

博士:

ワシはまだ20本残っておるし、まだまだ頭はしっかりしておる。さらに、残存している歯の数が少ない人ほど、CTで見ると脳の萎縮が進んでいるというデータもある。

助手:

咬むことって、大事なんですね。

博士:

他にも、インフルエンザ、癌やエイズ、骨粗鬆症、関節リウマチ、バージャー病などといった病気も、歯周病と関係していることが講演会では説明された。

助手:

ずいぶんと中身の濃い講演会だったんですね。難しい話も多いですし。

博士:

確かに難しい話も多かったが、予防の基本については、簡単じゃ。

助手:

歯磨き・・、ですね。

博士:

そうじゃ。歯周病菌が巣くっている歯周ポケットのバイオフィルムプラークを落とすには、15分位の歯磨きが必要じゃ。

助手:

えー、朝そんなに時間はありません。

博士:

まあ、多くの人がそうじゃろうな。せめて1日に1回、それも寝る前の歯磨きはせめて5分程度はかけてもらいたい。そして、歯間を掃除するためにフロスを使っていただきたい、というアドバイスじゃった。

助手:

寝る前に5分くらいならね。何とか私にも出来そうです。それと、寝る前の風呂、ですね。

博士:

風呂ではない。フロス、デンタルフロス、歯間を掃除する糸のことじゃ。

助手:

あー、フロスね。

博士:

よく聞きなさい。君は、早とちりの傾向があるな。

助手:え? あやとちえ、ってジャズシンガーのですか?

博士:

・・・・早とちりと、あやとちえ、では“とち”しかあっておらんぞ。早とちり、というよりも、君の場合、別な問題がありそうだな。

助手:

博士、それは何でしょうか?

博士:

君は歯周病の傾向があるだけに、物事の咀嚼力にも問題があるかと。

助手:

なるほど。歯周病があるので実際に咬む力だけでなく、脳の咀嚼力にも問題がある、ってうまいこと言いますね、って言ってる場合じゃないですね。脳のためにもしっかり歯を磨こうっと。

※歯周病予防研究会

http://www.8020.ne.jp/





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