検査の話

2009年 10月

助手:博士、日本は夏休みに入ってから新型インフルエンザで、混乱した状況が続いたようですね。
博士:うむ。一般の診療所には、大勢のインフルエンザ患者があふれた。さらに、インフルエンザではない普通の風邪の患者、学校や会社からインフルエンザではないことを証明するように求められて来院する患者、等々、たいへんな騒ぎだったようじゃ。シルバーウィークの連休中、休日診療所は通常の2倍の患者であふれ、待ち時間2-3時間ということもあったと聞いている。
助手:休日診療所は、直ぐに診てくれると思っていましたが2-3時間待ちですか。それにしても、インフルエンザではないことを証明することを求めて来院、ってどうなんですかね。
博士:

学校や会社から要求され仕方なく受診しているんじゃろうが、そもそもインフルエンザに罹っていないという証明は不可能じゃ。

助手:簡易検査をすれば A型かB型インフルエンザだっていうこと位は15分でわかると聞いていますが。
博士:

日本ではインフルエンザA/B型簡易検査キットが普及しており、どこの診療所でも可能だ。しかし、簡易キットの信頼性、感度といっても良いが、それほど高くない。米国疾病予防センター(CDC)は10%~70%と厳しく見積もっている。

助手:

10%って、ずいぶん低いんです ね。

博士:検査を行なう日にもよ る。RT-PCR検査で確定するんじゃが、確定された症例のうち4割程度は簡易検査では陰性だったという神戸のデータもある。発症つまり、発熱した翌日であれば感度は高いが、発熱した当日、あるいは発熱して2日経過した後では感度は低くなる。
助手:家族がインフルエンザになったからといって、あわてて病院に行っても、発熱などの症状がないうちは、罹っていたとしても陽性にならない、ということですね。
博士:そうじゃ。それともうひとつ、簡易検査には、上記の感度以外に、特異度というものがつきものじゃ。
助手:とくいど、って、担当する医師や検査技師さんが、その検査を得意にしているかどうか、っていうことですか?
博士:
確かに人によってその検査に慣れているかどうかはあるかもしれんが、その得意ではなく、特異度と書く。感度というのは、真に陽性の人で検査が陽性にでる割合のことで、特異度というのは、真に陰性の人で検査が陰性にでる割合のことじゃ。感染した人を見逃さないように感度を上げると特異度が下がり、本当は陰性にすべき人を陽性にしまうことが生じてしまう。
助手:
つまり、感染しない人でも、陽性に出てしまうことがあるっていうことですね。
博士:
そうなんじゃ。偽陽性、つまり、感染していないのに陽性に出る割合が、数%程度は必ずある。このため、無作為に対象を選んだ場合、特に集団における感染率が低い場合には、インフルエンザ簡易検査が陽性に出だとしても、真の陽性率は低い値になってしまう。
助手:
え? チンプンカンプンですが、どういうことですか?
博士:インフルエンザの感染率 が1%だとしよう。1万人の町で真の感染者は100人となる。非感染者は9900人じゃ。ここまではわかるな。
助手:
10000人×1%が100人で、99%が9900人ということですね。ここまでは何とかわかります。
博士:
そして、検査の感度が99%だとすると、感染者100人のうち99人が陽性となる。そして、特異度が99%だとすると、非感染者数 9900人のうち1%の99人が陽性、言い換えると偽陽性となる。つまり1万人の町で、全ての人に検査を行った場合、検査結果が陽性に出るのは、99人+99人で198人ということになる。
助手:
何だかだまされたような感じですが、そうなりますね。
博士:
つまり、1万人に対して無作為に検査を行った場合、結果が陽性だったとしても、本当にその人が感染している割合、真の陽性率、あるいは的中率といっても良いが、その値は、99人÷(99人+99人)で50%になってしまうんじゃ。

感染あり
感染無し
合計
検査陽性
真陽性 99人
偽陽性 99人
198人
検査陰性
偽陰性 1人
真陰性 9801人
9802人
合計
100人
9900人
10000人
感度=検査陽性/感染あり=99/100=99%
特異度=検査陰性/感染無し=9801/9900=99%
的中率=真に陽性/検査陽性=99/(99+99)=50%
助手:びっくりですね。感度99%、特異度99%と言えば、検査の精度が高そうに思えますが、それでも的中率は50%なんですね。
博士:感染率が10%と高い場合には、感染者は1万人の10%で1000人。その中での陽性者数は990人。非感染者は9000人で、その中の陽性者は90人となり、990人/(990人+90人)という計算の結果、的中率は91.7%と計算されることになる。
助手:
的中率が90%以上あれば、検査に信頼性があると言えますよね。でも、実際のところ、まだ10人に一人の割合ほどには感染は広がっていませんよね。1%程度でしょうか?
博士:
さらに言えば、実際のインフルエンザ検査キットの感度をCDCの言う値の70%、特異度98%、感染率を1%と仮定すると、計算してもらえばわかるが、的中率は26.1%まで下がってしまう。
助手:ずいぶん低いですね。4分の3近く、はずれ、ということになってしまいますね。
博士:そうなんじゃ。病院で通常行われている簡易検査は診断の一手段に過ぎず、インフルエンザかどうかの診断は臨床症状などから総合的に判断、あるいはRT-PCR検査という遺伝子検査を専門の施設で行ってもらうしかないということを理解してもらいたい。簡易検査で陰性であるという証明書は書けても、インフルエンザに罹っていないということの証明は一般の病院では書けない。学校や会社も、そんな無駄な要求をすることは即刻止めるべきじゃ。簡易検査キットも無限にあるわけではなく、無駄遣いじゃ。むしろ真の患者でごったがえしている医療機関に行くことが、かえって感染を広げるのではないかと懸念されている。
助手:そう言えば、確かに、日本国内で初めて陽性者、疑い患者が出た春の時点では、詳細な検査の結果、ほとんどが陰性だった、ということが続きましたね。
博士:そうじゃ。感染率が低い時点の検査じゃったから偽陽性が続いたわけじゃ。
助手:でも、これから感染者が増えていけば、簡易検査の的中度は上がるわけですよね。最終的には日本人の4分の1が感染するとの試算もされています。そうなれば、えーっと、頭が痛くなるので計算はおいときますが、的中率は相当高くなりますよね。
博士:置いておくな、その位計算しなさい! ともあれ、少なくとも今の時点で、無症状の人に検査を行うことは意味が無い。症状が無い人は決して病院に行かないように、ということをむしろ徹底すべきじゃ。医者、スタッフ、検査キット、薬剤、ワクチンなどなどの医療資源も有限なんじゃから、有効に使わんといかん。医療インフラの整っていない途上国の惨状にも気を配る義務が我々にはある。
助手:

確かに。この国でインフルエンザ簡易検査など見た事がありませんし、タミフルの備蓄もごく少量ですしね。ワクチンなども望むべくもありません。世界中の人々にとって有効な資源を大切に使うように努力します。ところで、インフルエンザ以外の、人間ドックなどで行う血液検査などの項目で、感度100%、特異度100%という検査は無いんですか?
博士:
残念ながら無い。感度と特異度は相関関係にあり、感度を上げれば特異度は下がってしまう。検診などで、診察をすることなく、血液検査だけを行うことは、その結果にあまり意味がない。例えば、関節リウマチの検査として知られている血液検査項目の一つにリウマトイド因子というのがあり、関節リウマチの75%から90%に検出されるとされている。しかし、この検査の特異度は2〜5%であり、他の膠原病などの疾患で陽性に出ることも多い。的中度は2割程度にしかならず、検査結果だけを見て、関節リウマチを診断することは出来ない。
助手:
それじゃあ、検診を受けてもあまり意味ない、ということですか?
博士:
症状や所見から総合的に診断されるわけじゃから、診察のない検査に意味はないと言える。
助手:
でも、人間ドッグなんかもそうですが、たいてい検査の当日はちょこっと、おざなりに問診のようなものがあるだけで、検査結果を見ながら診察や説明をしてくれるところは少ないですよね。
博士:
そうじゃな。検査の結果のみを本人に郵便で送付し、再検査が必要、要検査、A,B,Cなどと機械的に判定しているところもある。
助手:
私なんか、帰国した時に受けて、結果だけ当地に郵送してもらいましたけど、今ごろ要再検査、って言われても、どうしろって感じですよね。
博士:
どうしろって、開き直られても困るが。まあ、まずは直接その医療機関に連絡してみることじゃな。本人であることが確かめられれば、医師から説明してもらうことも可能じゃ。その上で、緊急に再検査が必要なのか、判断したら良い。
助手:
わかりました。今度電話してみます。話は戻りますが、当地のような国にいると、日本のマスコミ報道が何か異質に感じることがあります。国内のことばかりで、他国のことは考えないのかって、思うんです。
博士:それは、見上げた意識じゃな。そう、オバマ大統領も「米国人の健康は世界の人々の健康と不可分の関係にある。」と述べ、米国内で生産されるワクチンの10%をWHOに提供するとのメッセージを発信している。日本も先日、同様な発表をしたようだが、広報が悪いのかあまり知られていないな。
助手:
オバマ大統領のメッセージ、隣の芝生かもしれませんが、感動しますね。
博士:
インフルエンザ問題についても、米国はかんどうさせるのが、とくいのようじゃな。
助手:
なんか、いきなり平仮名になっていますが、それって、感度と特異度のしゃれですか? もしかして。無理くりですね。
博士:
いやー、今回は、計算で頭を使っていまい、しゃれはきつかった。熱が出そうじゃ。ちょっと、調べてみてくれんか?
助手:
だめです。熱が出ないうちは、家でお休みください。博士のおっしゃるように、「検査は熱が出てから」にしますので・・・

 















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