認知症の話

 

2013年 3月

 

 

助手:

博士、先日トロントで認知症の講演会があったようですね。

博士:

うむ。トロント総領事館のホールでJSSJapanese Social Services)※主催の認知症についての講演会が行われた。講師は在ニューヨーク総領事館医務官の清水哲哉医師じゃった。約40名の邦人が参加され、皆熱心にメモをとり質問をされていた。

助手:

高齢者の方には関心が高い話題ですよね。

博士:

参加されたのは高齢者ばかりではない。介護する側の若い方々の参加も多かった。そもそも、高齢になって認知機能が落ちることは誰にとっても避けられない状況じゃからな。

助手:

高齢者ばかりの問題ではない、ということですね。それで、どんな内容だったのですか?

博士:

テーマは「認知症の予防と対策」じゃったが、医学的な総論から、具体的な対応方法まで、充実した内容の講演会じゃった。

助手:

そもそも認知症の人は、日本ではどのくらいの数いるんでしょうか?

博士:

厚労省のデータ※によると自立度II以上、つまり誰かの見守りが必要な人は、2012年(平成24年)で305万人、毎年増加しており2025年には470万人に達すると言われている。65歳以上の10人に一人は認知症と推定されておる。

助手:

すごい増え方ですね。でも65歳以上で10人に一人って、意外に少ない感じもします。

博士:

もちろん年齢と共にその比率は上がる。85歳以上だけで見れば、約3割に跳ね上がる。

助手:

私も最近物忘れすることがあるのですが、”もの忘れ”と”認知症”って、どう違うのですか?

博士:

若い人でも、一時的に忘れることはある。また高齢になれば誰でも老化による”もの忘れ”は起こる。しかし、認知症というのは、この老化による物忘れとは異なる、病気、なんじゃ。

助手:

忘れる内容が異なる、ということですか?

博士:

うむ。認知症の場合には、体験の全体を忘れる。「昨夜食べた料理が何だったか思い出せない」、というのは、単なる物忘れじゃが、食べたことそのものを忘れるようであれば、それは認知症の可能性がある。

助手:

なるほど、食べたのに「ごはん、まだ?」というような例ですね。私の場合、食べたことを忘れることはないと思います。飲んだお酒の量を少なめに言うことはありますが。


博士:

・・・、さらに、認知症の場合は、もの忘れの自覚に乏しいし、そのこと自体にあまり頓着していないことが多い。

助手:

そうか。「何だったっけ、困った困った」、と言っているうちは、老化現象であって認知症ではない、ということですね。

博士:

そうじゃ。そして、忘れたことを自覚していないため、つじつま合わせによって、話を作ってしまったり、例えば、「誰かに盗られた」、というようにもっていってしまったりすることもある。

助手:

あっ、それ、よく橋田壽賀子さんのドラマなどでも出てくる場面ですね。「嫁が盗った」と、姑さんが騒いで、大騒ぎになるという展開ですね。


博士:

うむ。そして認知症の場合には、単なる名前などを思い出せないだけでなく、以前は出来ていた家事などの段取りがわからなくなる、など日常生活に支障を来すようになる。

助手:

それは大変ですね。なるほど、誰かの見守りや手助けが必要になるわけですね。

博士:

そして、そうした症状は、ゆっくりとではあるが、進行性で不可逆性なんじゃ。

助手:

一時的に、そういう状態になったけれど、元に戻る、ということはない、ということですね。

博士:

そうじゃ。その症状が一過性であれば、それは、単なる“せん妄”、一時的な”寝ぼけ”のようなものじゃ。

助手:

“せんもう”って、なんか虫の毛みたいな名前ですが、私も寝ぼけることはよくあります。パジャマのまま会社に行こうとしてしまったことがありました。

博士:

それは、寝ぼけにしても酷いな。せん妄は、インフルエンザなど高熱が出たときでも起きるし、脳疾患や他の病気、さらには、薬により誘発されることもあるが、あくまで一過性じゃ。

助手:

博士。そもそも認知症の原因は何でしょうか? 脳がスカスカになってしまう、と聞いていますが。

博士:

認知症というのは、あくまで症状で、「いったん獲得した知的機能が脳の障害により広範・継続的に低下した」という状態を示すにしか過ぎない。その原因・タイプはさまざまじゃ。よく知られていて頻度も多い病気の一つとして、その、脳がスカスカになる、アルツハイマー病がある。


助手:

アルツハイマーは有名ですよね。ドイツの医者の名前とか。

博士:

よく知っておったな。最初に症例報告をした精神科医の名前に由来している。大脳皮質と海馬の萎縮を特徴とする病態じゃ。

助手:

アルツハイマー以外にも認知症になる病気があるんですか?

博士:

そうじゃ。脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症(ピック病)などがある。

助手:

聞いたことない名前もありますが、脳血管性はなんとなくわかるような気がします。血管が詰まったりして起きるのでしょうか。

博士:

うむ。動脈硬化により主幹血管の梗塞が起きたり、認知機能に関与する重要な部位に梗塞があったり、あるいは脳全体に細かい梗塞が多発したり、一方で出血が起きて認知症を引き起こすケースなどが脳血管性認知症じゃな。認知症全体の3分の1から2分の1を占めるといわれているが、認知症の中で、唯一予防できる疾患じゃ。

助手:

予防というのは、動脈硬化にならないようにする、ということですね。

博士:

そうじゃ。いわゆる生活習慣病にならないようにすること。具体的には、運動不足・肥満を解消し、高血圧・糖尿病・高脂血症を避ける。喫煙はしない、飲酒はほどほどに、というような注意じゃな。

助手:

なるほどね。それで認知症の3分の1から半分が予防できるのであれば、努力するだけの価値がありますよね。他のアルちゃんやら、レビーちゃんやらピック君は予防できないのでしょうか?

博士:

アルちゃん、レビーちゃん、ピック君、って、かわいく言ったもんじゃな。アルツハイマーについては、魚に含まれるDHAEPA、野菜に含まれるビタミンEC・βカロチン、他ポリフェノールなどが発症を抑えるとの研究が報告されている。運動や知的習慣も発症の危険性を低くすると言われている。しかし、他にはたいした予防法は確立されていない。

助手:

治療法はどうですか? ありますか。

博士:

アルツハイマーについては、脳の神経伝達物質であるアセチルコリンの働きを助ける薬剤donepezil(アセチルコリンエステラーゼ阻害薬。商品名アリセプト)などや、グルタミン酸受容体に作用するmemantin(商品名メマリー)などがある。


助手:

薬があるんですね。良かった。

博士:

ただ現状では根治治療薬ではない。進行を遅くするということが期待されているに過ぎない。それでも、病気を早期に発見することは病気進行の時間経過を遅らせ、患者さんの生活の質を長く保つことを可能にする。

助手:

レビーちゃんやピック君は、どんな病気ですか? 治療法はありますか?

博士:

レビー小体病は大脳皮質の中に、レビー小体と言われるタンパク質の構造体(封入体)が多数現れる病態で、記憶障害以外に、パーキンソン病のような運動障害や生々しい幻覚・妄想が現れることが特徴的な疾患じゃ。

助手:

生々しい幻覚って?

博士:

「部屋の中で3人の子供達が走り回っている」、「死んだはずの母親が寝床に入ってくる」などの映像がはっきりと見えるようじゃが、本人は「そんなことはありえない」という違和感は保たれていることも多い。アセチルコリンを増加させる薬が功を奏することもある。

助手:

そんなことはありえない、と思いつつも、そんなにはっきりとした幻覚を見るのは辛いですね。

博士:

そして、ピック病というのは脳の前頭葉や側頭葉に萎縮が見られる病気で、初期には怒りっぽくなるという性格変化や同じことを繰り返すといった行動異常が特徴で、次第に記憶障害が生じて認知症になる。分別のあるはずの働き盛りの人が突然万引きをする、といった反社会的行動をしてしまうことがある。病気だとの診断は難しく、また治療についても不明のことが多い。たまに、ニュースなどで学校の校長先生が突然万引きでつかまったり、覗きで捕まったりすることがあるが、そういう病気が背景にある可能性もある。


助手:

博士も最近ブヒブヒと怒りっぽいですから、そのピッグかもしれませんね。でも病気のための万引きならば、かわいそうですね。もし博士が痴漢で捕まったら、警察にはそういう病気ということにしておきます。

博士:

ありがたい。安心して、わしも捕まることができる、・・・っていう訳はない。それに豚じゃないんだからPigではない、Pickじゃ。それにしても君は他人事のように言っておるが、最近は若年性認知症も問題になっておるぞ。

助手:

いえいえ、まだまだ私は若いですから。

博士:

日本の調査によると44歳以前でも人口10万人に対して5人から10人、45歳から64歳で人口10万人に対して80人から150人、若年性認知症がいる、とされている。

助手:

えー、そうなんですか。私の年齢でもあるんですね。それで、じゃ、ならないようにするには、どうしたら良いのですか? なった場合の治療は何ですか?? 薬はありますか???

博士:

急に熱心になったな。既に長々と説明しておるんじゃが、聞いておらなかったのか? それとも認知症か?

助手:

博士の方こそ、性格が頑固になってきましたから、そろそろ来てるんじゃないですか?

博士:

まあ良い。改めて整理すると、原因疾患に応じた対応が必要になるが、共通していることは、バランスの良い食生活・運動・禁煙・節酒につとめ生活習慣病にならないようにすること。そして、早期発見につとめ、出来るだけ進行を遅らせることじゃ。

助手:

博士のことが心配なんですが、周囲の、世話をする人はどういうことに気をつければ良いですか?

博士:

君の世話になるつもりはない。認知症の場合、中核となる症状、つまり記憶障害、見当識障害(今がいつか? どこか?)、実行機能障害(段取り、計画ができない)といった症状と、周辺症状(「抑うつ状態」、「不安・焦燥」、「攻撃的行動」、「幻覚」、「妄想」、「睡眠障害」、「徘徊」)などがある。周辺症状の出現の仕方はひとそれぞれじゃが、一気に酷くなるわけではない。ゆっくりと進行する。従って初期には、周囲の人も出来ることを手伝えば良い。特に周辺症状は、日々のストレスによって変わる。なるべくストレスを与えない、本人の不安も多いはずじゃから、「受け入れられている」という安心感を与えることが重要じゃ。



助手:

私も、「受け入れられていない」、と感じて、攻撃的な行動に出たくなることありますから、その気持ちわかります。

博士:

・・・先へ進めよう。認知症の治療としては、アルツハイマーの時に紹介した薬物療法以外に、周辺症状それぞれに対応した抗うつ薬、抗不安薬、睡眠導入薬、漢方薬なども使われる。さらに非薬物療法としては、昔のことを思い出させる回想法、音楽療法などが試みられている。情緒への介入による感情面での活性化が効果があるとされている。そして、身体的機能維持のための運動療法も重要じゃ。

助手:

医者に行かなくても出来ることが多いようですね。

博士:

そうじゃ。こと認知症の対応においては、医療というよりも、福祉的な対応の方が重要になっている。世話をする家族・周辺の人が気をつけておくべき対応のポイントについて、清水医務官は下記のことを述べている。すなわち、1.説得より納得。嘘も方便ということもある。2.病気の症状を理解。あらかじめ知っていれば驚かない。3.早い段階で安全な生活環境を整備。物忘れ防止ボードの設置、転倒防止のための改築など。4.物盗られ妄想の対象者は接触時間を減らすことも考慮する。5.課題は一つずつ処理してもらう。6.廃用性萎縮に注意する。使える筋肉・頭は使えるうちに使ってもらう。ということなどじゃ。

助手:

上記のことって、認知症対応だけでなく、他の障がいのある人たちへの対応や子育てにも通じるところがありそうですね。

博士:

そうじゃな。そして、家族のみならず地域の人の認知症への理解のための“認知症サポーターキャラバン”※、という運動もある。


助手:

キャラバン、って何か楽しそうですが、どんな運動ですか?

博士:

認知症サポーターというのは、認知症について正しく理解し、認知症の人や家族を温かく見守り、支援する応援者のことじゃ。そうした認知症サポーターを全国で多数養成し、認知症になっても安心して暮らせる街を目指そう、という運動がキャラバンじゃ。

助手:

サポーターに認定されるのには難しい試験が必要ですか?

博士:

90分の講座を受ければ、誰でもなれる。2005年の開始以来、昨年末までに小学生から高齢者まで390万人を突破した。講座は日本国内のみで行われているが、例外的にニューヨークで邦人のために開催されたことがある。トロントのJSSでも出来ないか模索しているとのことじゃ。

助手:

そうですか。私も博士のために、受けておきますかね。

博士:

君の世話になるつもりはない。

助手:

そうですか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・博士、話は変わりますが、先日トロントで認知症の講演会があったようですね。

博士:

・・・・・・・・・・・・・・・・。君の世話をわしがせんといかんか??

 

 


 

下記もご参考にしてください。(厚生労働省HPより)

認知症の人と接するときの心がまえ

「認知症の本人には自覚がない」は大きな間違い

認知症の症状に、最初に気づくのは本人です。もの忘れによる失敗や、今まで苦もなくやっていた家事や仕事がうまくいかなくなる等々のことが徐々に多くなり、何となくおかしいと感じ始めます。 とくに、認知症特有の言われても思い出せないもの忘れが重なると、多くの人は何かが起こっているという不安を感じ始めます。しかし、ここから先は人それぞれです。認知症を心配して抑うつ的になる人、そんなことは絶対にないと思うあまり、自分が忘れているのではなく、周囲の人が自分を陥れようとしているのだと妄想的になる人など。 認知症になったのではないか、という不安は健康な人の想像を絶するものでしょう。認知症の人は何もわからないのではなく、誰よりも一番心配なのも、苦しいのも、悲しいのも本人です。

「私は忘れていない!」に隠された悲しみ

現実には、少なからぬ認知症の人が、私はもの忘れなんかない、病院なんかに行く必要はない、と言い張り、家族を困らせています。早く診断をし、はっきりとした見通しを持って生活したい、本人を支えていきたいと願う家族にとって、本人のこうした頑なな否認は大きな困惑の元になります。しかし、その他の事柄についてはまだまだ十分な理解力や判断力を持っているのに、自分の深刻なもの忘れに対してだけ不自然なほど目をつぶる理由を考えてみましょう。 こういう人でも、他の認知症の人のもの忘れが尋常でないということはすぐにわかります。つまり、「私は忘れてなんかいない!!」という主張は、私が認知症だなんて!!というやり場のない怒りや悲しみや不安から、自分の心を守るための自衛反応なのです。周囲の人が「認知症という病気になった人」の本当のこころを理解することは容易ではありませんが、認知症の人の隠された悲しみの表現であることを知っておくことは大切です。

こころのバリアフリーを

足の不自由な人は、杖や車いすなどの道具を使って自分の力で動こうとします。駅にはエレベーターの設置などバリアフリー化が進み、乗り降りがしやすくなってきています。また手助けのいるときには援助を頼みます。 しかし、認知症の人は自分の障害を補う「杖」の使い方を覚えることができません。「杖」のつもりでメモを書いてもうまく思い出せず、なんのことかわからなくなります。認知症の人への援助には障害を理解し、さりげなく援助できる「人間杖」が必要です。交通機関や店など、まちのあらゆるところに、温かく見守り適切な援助をしてくれる人がいれば外出もでき、自分でやれることもずいぶん増えるでしょう。こころのバリアフリーの地域社会をつくることが認知症サポーターの役割です。

かかわる人の心がまえ

認知症の問題は、介護問題だと考えるのをやめましょう。だれでも自分や家族が認知症になる可能性があります。認知症という病気のことを理解したうえで、自分だったらどう生き抜くかということを考えなければ、認知症の人の支援は難しいのです。 健康な人の心情がさまざまであると同じように認知症の人の心情もさまざまです。「認知症の人」がいるのではなく、私の友達のAさんが認知症という病気になっただけです。友人としてすべきことは、認知症の障害を補いながら、今までどおり友達のAさんと付き合い続けることです。たまたま駅でまごまごしていたBさんは、認知症のために自動改札が通れないらしい、だったら、ちょっと手助けをして改札を通る手伝いをすればいい。さりげなく、自然に、それが一番の援助です。

 


 

 

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