チフスの話

1998年1月


助手:博士、あけましておめでとうございます。今年はどんな年になりますかね。
博士:おめでとう。そうじゃな、良い年になると良いな。
助手:雨は結構降るようになりましたから、ヘイズ、煙害は治まりましたけど、食中毒は多いようですね。
博士:うむ。細菌性の食中毒以外にもチフスの症例もぼちぼち報告されておるな。
助手:腸チフスも熱帯では恐い病気ですよね。昔は、たいへんだったようですね。入院中の絶食が我慢できなくて、隠れて卵を食べたために死んでしまったと言う話を聞いたことがありますけど、本当ですか?
博士:うむ。戦時中などは、チフス菌に効く抗菌薬が十分に開発されていなかったから、ひたすら入院安静、水分のみの絶食しか治療のしようがなかった。今のような点滴による栄養補給も完成していなかったから、患者はふらふらになるまで消耗した。チフス菌は腸に炎症を起こし潰瘍を作る。このため固形物を取る事が刺激になり穿孔、つまり腸に穴が開く事もあった。このための腹膜炎で死亡する症例も少なくなかったな。
助手:やっぱり恐ろしい病気なんですね。
博士:じゃが今は、チフス菌に良く効く抗菌薬もあるし、食べられなくても点滴により栄養補給ができるから、そんなに心配はいらん。当地であっても、入院してしっかり管理すれば、完治できる。
助手:チフスの症状は、発熱と下痢でしたか?
博士:汚染された食べ物や水を摂取して発病するまで、通常1ー2週間かかる。症状は頭痛から始まり、食欲不振、四肢の痛み、不眠などが生じる。鼻血が出ることもある。熱は段階的に上昇し発病1週間目に40度位のピークに達する。下部小腸から大腸にかけて菌に侵されるから下痢する事もあるが、便秘する事も少なくない。腸チフスという名前があるからといって、必ず下痢が起きるわけではない。
助手:下痢をしないで、便秘する事もあるんですか。感染源はやはり食べ物ですね。
博士:そうじゃ。チフス菌は水の中で数週間も生き延びる。その汚染された水で洗った食べ物、具体的には魚介類や乳製品等を通して感染する。キャリヤーの手を介して感染する事もある。
助手:キャリヤー、つまり保菌者がいるんですね。
博士:うむ。感染者は便中、尿中に1ヶ月間細菌を排出する。さらに、きちんと治療しないと保菌者になり、胆嚢に菌を残す事もある。胆嚢に菌が残った場合には手術で胆嚢を摘出したり、薬剤を長期に飲まなければならん。
助手:そうなるとやっかいですよね。当地では、使用人などでもよくチフスになった話を聞きますけど、診断や治療に間違いは無いんでしょうか?
博士:チフスの診断には、血液や便、尿の培養による菌の同定が必要じゃ。検出された菌の種類により、腸チフス、パラチフスA、パラチフスB等と分類される。しかし培養には時間がかかる事もあり、通常は培養の結果を待たずに臨床症状やウィダール反応のみで診断されている事が多いようじゃな。ひどいところでは、何も検査をしないで薬だけ出している病院もある。
助手:そうすると、かなりいい加減な診断や治療が行われている場合もあるわけですね。ところで、そのダニエル・ビダール反応というのはどんなものですか?
博士:そんな古い歌手の名前など誰も覚えておらんぞ。♪オー、シャンゼリゼ・・・♪ だったかな。まあ、とにかくチフスの診断検査の名前はウィダール反応で、血清診断のひとつじゃ。菌が持っている抗原の構造が解明されているので、それを利用した菌の種類の同定法じゃ。具体的には、チフス菌はO抗原は9,12,vi、H抗原はd,-、一方パラチフスA菌のO抗原は1,2,12,H抗原はa,-等とわかっておる。
助手:え? チフス菌はO型の9月12日生まれで、パラチフスはO型の1月2日生まれですか?
博士:うーむ。ちょっと難しかったようじゃな。まあ良い。ようするにこれらのチフス菌の属するサルモネラ属は種類によりいろいろな型を持っているので、患者の血清と診断液との反応を見る事により感染の有無、菌の種類がわかる、というものじゃ。Vi80×、TO160×、PAO20×、PBO20×等というのは、その結果を示している。
助手:まあよくわかりませんが、ともかく、そういう方法でも診断はできるわけですね。
博士:ウィダール反応は、感染後2週間で陽性になるが、特に抗生物質を飲んでいる時などでは上昇しない事も多い。それに、チフス以外の熱性疾患、例えば結核や肝炎等でも強くでる事もある。
助手:それじゃあ、あまりあてにならないじゃないですか。歌まで歌って長々と説明してくれましたけど。
博士:そう怒るな。この検査は結果が出るのが早いので今でもよく使われておるんじゃ。
助手:治療は、どうなっていますか?
博士:従来クロラムフェニコール等の抗菌薬がよく使われていたが、最近は耐性、即ち効かない症例も出てきたので、ニューキノロン系抗菌薬が使われるようになった。具体的には、タリビット、クラビット、当地でよく使われている注射薬としてはシプロキシンがある。
助手:シノヤマキシンですか?
博士:そうそう、「17才」で鮮烈なデビューを飾った南沙織の亭主で写真家の、な訳は無いじゃろ。シプロキシンじゃ。
助手:博士、正月だけに今日は、のりが良いですね。ファンだったんですか?
博士:うむ。なかなか清潔感のある爽やかな子じゃったな。歌もよかった。    ♪だーれもいない海、ふたりの愛を・・・♪
助手:・・・。博士、それでチフスの方は、経過はどうなんですか?
博士:そうじゃ。その話をしておったな。まあ、きっちりと抗菌薬を2週間使って、高熱による脱水対策、腸管の安静、具体的には食事の調整、必要に応じて絶食、点滴等の処置を行えば、治癒するはずじゃ。こうした処置については、当地の病院で十分対応可能じゃ。日本に行く必要は無い。
助手:日本でチフスの診断を受けたら、それこそたいへんですよね。チフスは法定伝染病でしたよね。日本だったら大騒ぎですね。
博士:うむ。それだけ感染に注意しなければならない重症な病気というわけじゃから、届け出等の必要が無い当地であっても軽んじてはいかん。再発も少なくないから、一応治癒した後でも、できれば1ヶ月後位に再度便培養検査をして菌が排出されていない事を確認する事が望ましい。
助手:使用人がチフスに罹った場合にはどうしたら良いですか?
博士:過度に神経質になることはないが、使用人がチフスになったた場合には、まず治療費を持たせてきっちり治療させる事じゃ。治ったと言って働きに出て来ようとする場合でも、チフスである事が確実ならば2週間は休養を取らせ、できれば便から菌が出ていない事の証明書をもらって完治した事を確認してから復帰させるべきじゃ。
助手:そうですね。いい加減な治療をして、菌を持ったままの状態で働いてもらっても困りますよね。
博士:そうじゃ。特に料理人の場合には厳重な注意が必要じゃ。仕事に復帰させた後でも、料理や食事をする前の石鹸による手洗いの励行を今一度確認する事が肝心じゃ。手洗いについては家族も同様に注意せんといかんぞ。
助手:よーくわかりました。博士、今日はこの位にして、古い歌手の名前もいろいろと出てきたところですし、久しぶりにカラオケでも行きますか?
博士:正月じゃから、そうするか。じゃが、「17才」はリストにあるかな? 「色づく街」ならあるかな? それとも、歌手を変えて「瀬戸の花嫁」にするかな。そう言えば、あの頃は彼女も可憐じゃったな。♪瀬戸は日暮れて・・♪
助手:博士、迷いますね。
博士:迷い・・・。「迷い道」も良いな。♪現在過去未来・・♪
助手:続きますね。まあ、夜は長いですからね。
博士:♪長ーい夜を・・♪
助手:・・・。どうも私がマイクを持てそうもないので、博士、一人で行って下さい。
博士:♪ひとりじゃないって、素敵な事ね・・・♪
助手:・・・・・、俺にも歌わせろー。

 

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