デング熱の話

1997年11月

助手:博士、やっと雨季が始まりますね。
博士:そうだな。今年は乾季が記録的に長く、雨が全く降らなかったから待ち遠しかったな。山火事が続いたための煙害もひどかったな。
助手:空気が乾燥してましたから私ものどをだいぶやられました。
博士:うむ、車の渋滞による大気汚染も加わって、乾季の間は咽頭炎、気管支炎が増加していたな。雨が降れば気管支炎は減少するが、これからはデング熱に注意じゃ。
助手:デング熱ですね。また流行するんでしょうか。
博士:雨の降り方が断続的、つまり降ったり止んだりであれば流行すると考えて良い。
助手:降り方が関係しているんですか。
博士:そうじゃ。断続的な降り方はぼうふらの生育に適している。加えて都市化の影響もある。ジャカルタ市以外の地方でも都市化が進んでおりデング熱が流行するようになってきた。
助手:政府もいろいろと対策をたてているようですが、効果は期待できるんでしょうか?
博士:人口が集中してくれば清掃面で問題の多いカンプン地域は増える。デング熱のネッタイシマカはちょっとした水たまりでも生育可能じゃから、そうした場所では防ぎきれない面がある。
助手:どのくらいの期間、水たまりが放置されるとぼうふらが蚊になるんですか?
博士:ネッタイシマカは卵を水に産み付けると1-2日で孵化する。さらに幼虫は6-8日でさなぎになる。さなぎは2-3日で羽化して成虫になる。従って早ければ9日で蚊になると考えて良い。
助手:結構早いですよね。そうすると1週間に1度位は庭をチェックして水たまりができていないかを調べる必要がありますね。
博士:そうじゃ。庭に殺虫剤を撒く場合でも週に1度は行う必要がある。
助手:それぐらいやっておけば安心というわけですね。
博士:ネッタイシマカは100メートル位しか飛ばないと言われておるから、家の回り100メートルの範囲で上記の処置をきっちり行い、なおかつ家にこもっていれば安心と言えるかもしれんが、現実的には不可能じゃろう。昼間の間、全く外出しないというわけにもいかんしな。
助手:半径100メートルの範囲の駆除ですか。これは無理ですね。それに、ネッタイシマカは昼間刺すんですね。そうするとどんなに注意していても刺されてデング熱に罹る可能性はあるわけですね。
博士:そういう事じゃな。
助手:デング熱の症状はどんなものですか?
博士:38度以上の高熱、頭痛、関節痛、筋肉痛、疲労感などじゃ。
助手:そのぐらいの症状だと風邪と区別がつかないですよね。湿疹も出るんですよね。
博士:4-5日の発熱の後、解熱する頃に顔面や四肢に湿疹が出現する事も多いが、実際は典型的な湿疹が出現する割合は2-3割じゃ。むしろ顔が紅潮、つまり赤くなる程度の事が多い。発熱すれば顔が赤くなるのは通常の風邪でも起きる事じゃから、確かに区別がつきにくい。じゃから高熱が3日続いたらデング熱も疑って医療機関で血液検査をしてもらう必要がある。
助手:血液検査で何がわかるんですか? デング菌が見つかるんですか?
博士:デング熱の原因は菌ではなくウイルスじゃが、ウイルスそのものが血液から見つかるわけではない。ウイルスが体内に入ったために体の中でそれを攻撃するための抗体が出現してくる。それを血液検査で確認するんじゃ。それに加えて血小板の数や貧血の程度も見ておく必要がある。
助手:血小板には出血を止める作用があるんですよね。それで血小板が減ってくると出血が起きてくるわけですね。
博士:血小板の減少とデング熱における出血は完全に平行するものでは無いが、ひとつの目安になる。
助手:出血傾向が出てきたものがデング出血熱、という訳ですね。
博士:デング熱では出血ばかりではなく、ショック、つまり血圧の急激な低下も起きる。デング・ショック・シンドロームと呼んでいるんじゃ。これは主として血管内の血漿成分が組織中に漏出してくる事により起きる。
助手:けっしょうせんがそうしき中にロシアで起こる電気ショックですか??   
博士:何をわけのわからん事を言っておるんじゃ。デング・ショックじゃ。要するに、血管から水分がもれるために、必要な血圧が維持できなくなる、という事じゃ。また同時に赤血球も皮下にもれて出てくるために、赤いポツポツという湿疹が皮膚に出現するんじゃ。
助手:血管から水と赤血球がもれてくるんですか。
博士:そうじゃ。この漏れにより引き起こされる出血とショックは突然出現する。出現してからでは処置が面倒じゃから、血液を検査する事により予測して危険な傾向があれば早めに入院させて管理する必要がある。
助手:デング熱になってもショックや出血熱にならずに軽くすむ人もいますよね。それはどうしてですか? 巷間言われているように、2回目の感染の場合に出血熱になるというのは本当ですか?
博士:タイで行われた調査によれば出血熱にいたった多くの症例が2次感染であったという事実から、その説は出ている。デング熱を引き起こすウイルスは4型知られているが、2回目に別の型のウイルスに感染した場合に免疫の反応が強く出て出血熱になるという。しかしこの説もまだ完全に証明されたわけではない。この説によれば2回目に別の型のウイルス感染を受けた患者全てが出血熱になることになるが、現実は異なる。実際にはデング熱の感染を受けた人の内、ごく一部(2-6%)が出血熱になるにすぎない。
助手:2-6%ですか。それじゃ、1回デング熱に罹ったからといって、2回目の感染を必要以上にに恐れる必要はないですね。
博士:そうじゃ。それに仮にデング出血熱になったとしても早めに入院して適切な管理を行えば死亡する事はまずない。それに、デング熱は1回感染したからといってウイルスの保菌者になるわけではないし、その患者から他の人にうつる事もない。
助手:2回目感染で死亡率が50%とか、1回感染すると流行地から転勤しなければならないとか、いろいろな噂を聞きましたけど、そういう事実は無いんですね。
博士:そうじゃ。重ねて言うが、2回目の感染でも出血熱になるのは数%だし、なったとしても適切な管理により死亡する事はほとんど無いから過度な心配はいらない。もちろん1回罹ったからと言って転勤するも必要ない。また、輸血の心配があるとしても「とまとの会」もあるし、会を利用しない場合でも先月号で説明した病院で依頼すれば感染症フリーのつまりエイズ、B型肝炎、C型肝炎、梅毒については心配のない血液を入れてもらえるからシンガポールや日本に移送する必要もない。
助手:そうですか。そこまで聞けば安心してデング熱になることができますね。
博士:!! ならないに越した事はない。ただパニックになる必要は無い事を説明しておるんじゃ。デング熱での頭痛や筋肉痛、疲労感もけっこうつらいぞ。子供なら回復は早いが大人の場合、体力が回復するまで数週間はかかるようじゃ。
助手:そうすると結局は、蚊に刺されないようにする事につきるわけですね。
博士:そうじゃ。
助手:日本製の蚊取り線香でもネッタイシマカに効果がありますか? 日本製は効果が小さいような気がするんですが、どうでしょう。
博士:日本製の蚊取り線香、蚊取りマットでも十分効果はある。ただ日本に比べて当地の家は部屋が広かったり天井が高かったりする分、多めに使う必要はあるかもしれんな。またインドネシア製の殺虫剤や虫よけスプレーは日本製のものより濃度が濃いから効果は強い。しかしその分、肌が荒れる等の副作用も強い。それにインドネシア製の殺虫剤の一部には日本では使われていない農薬も混入されているから注意が必要じゃ。特に液体タイプの場合、小さい子供の手の届かない所に置いておかんといかんぞ。
助手:農薬は恐いですよね。日本の薬でもインドネシアの蚊に十分効果があるんですね。
博士:人間の場合と同様、蚊でも薬の効果に、国籍の違いは無い。
助手:インドネシアの蚊だからといって地元の薬やジャムーにこだわる必要はないわけですね。それにしても当地で売っている蚊よけのラケット型電熱器は便利ですよね。安いので日本のみやげにしたいと思ってます。ご存じでした?
博士:うむ、知っておる。電熱線で虫を仮死にする道具じゃろ。あれは良くできておる。デング熱の予防には最適かもしれんな。
助手:農薬も使われてませんし、安全ですよね。運動不足の解消にも良さそうですし。
博士:それもそうじゃが、昔から言われておるじゃろ。毒には毒を持って制す。デング熱にはデンキ・熱を持って制せよとな。
助手:さすが、博士。ラケット型電熱器の話だけに、しゃれもスマッシュの様にビシッと決まりましたね。
 

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