感染性胃腸炎の話

2004年5月

助手:博士、いよいよ暑くなりましたね。
博士:うむ。既に40度を超えているが、これからまだ暑くなるそうだから、うんざりするな。
助手:体調をくずす人が増えてますね。
博士:細菌やウイルスが増殖しやすい環境になってきた。水不足によって水質が悪くなっているため、感染性胃腸炎(Infectious gastroenteritis)が増加している。コレラの報告数も昨年を大幅に上回っている。
助手:感染性胃腸炎ていうのは、要するに腹痛・下痢ですね。
博士:うむ、下痢性の疾患の中で細菌・ウイルス・寄生虫がその原因と考えられるものじゃ。
助手:

ギー(山羊の脂)や香辛料が合わなくてお腹をこわした、というのは入らないわけですね。

博士:

そうじゃ。しかし、インドの場合は、水、油も含め、本当に何が原因かわからない場合が多い。

助手:

原因によって、治療も違うんでしょうね。

博士:

そうなんじゃが、便検査をしても原因が特定されない事も多い。それに、たいていの場合は数日で軽快するので原因菌がわかる前に直ってしまう事も多い。

助手:

治療は下痢止め、正露丸の出番でしょうか?

博士:

正露丸で治まるようであれば、それほど心配ない。しかし、安易に止痢薬、それもLoperamide(当地ではImodium等)と呼ばれる強力な下痢止めを使う事はあまり勧められない。

助手:

尻薬のイモ、ですか?

博士:

止痢薬のイモジウムじゃ。この薬は確実な止痢効果が期待できるが、細菌性の下痢の場合、特に出血性大腸菌などの場合には症状を長引かせ、悪化させてしまうので使ってはいけない。

助手:

下痢は安易に止めてはいけない、という事ですね。

博士:

そうじゃ。下痢の場合に大切な事は、失われた水分を補う事だ。

助手:

でも、下痢している時に水を飲むと、直ぐまたお腹がいたくなりますよね。

博士:

少しずつでも飲んだ方が良い。水だけでなく塩分も必要じゃ。水1リットルに対して塩3g程度。また糖分、砂糖なら30g程度を追加して、腸管から吸収しやすくする必要がある。

助手:

作るのが面倒ですね。ポカリスエットでも代用できますか?

博士:

スポーツドリンクは発汗時の補給には適しているが下痢の時には塩分が足りない。経口補液ORSが良い。

助手:

オー・アール・エスですか?

博士:

商品名としてはELECTRAL等があるが、薬局でORSと言えば通じる。1袋を1リットルのミネラルウォーターに溶かして、できるだけ飲む。

助手:

それだけで良いんですか?

博士:

発熱や血便などを伴わない下痢の場合には、通常水分と塩分だけ補っていれば数日で回復するはずじゃ。その上で、徐々におかゆやスープ、バナナ等胃腸に負担のかからない物を摂るようにしていけば良い。

助手:

発熱や血便がある時は、どうしたら良いのですか?

博士:

激しい腹痛、高熱、血便を伴う場合は重症じゃ。抗生物質や抗寄生虫薬が必要で経口的、すなわち口から摂取出来なければ点滴が必要じゃから病院を受診しないといかん。

助手:

インドで入院ですか・・・。いやですね。やはり予防が大切ですね。

博士:

うむ。食べる前の手洗い、料理人にも今一度石けんでの手洗いを励行させる事。生水、氷、生の食材は摂らない。牛乳、アイスクリーム、ヨーグルトなどに注意する必要がある。

助手:

同じ物を食べているのにお腹をこわさない人もいますよね。どうしてでしょうか?

博士:

同じ量の細菌やウイルスが入ったとしても、宿主、すなわち人側の免疫力が勝れば、感染・発病にはいたらない。従って、日頃から、しっかりと睡眠をとり、暴飲暴食をせず、体調を整えておく事は重要じゃ。

助手:

そうか。体力があれば大丈夫なんですね。

博士:

過信はいかん。特に日本から赴任したばかりの時期は、全く免疫がない状態だから注意してし過ぎる事はない。

助手:

ウェルカム・シャワーですね。そうすると私はもう大丈夫ですよね。

博士:

慣れた頃も危ない。油断大敵じゃ。

助手:

デング熱も終わって、鳥インフルエンザ騒ぎもやっと下火になったと思ったら、今度は感染性胃腸炎ですか、ほんと、インドはたいへんな国ですね。

博士:

感染症の宝庫じゃからな。病気は何でもありじゃ。腸チフス、アメーバ、赤痢、マラリア、肝炎、狂犬病、結核、エイズ、ランブル鞭毛虫、リューシュマニア、疥癬、ペスト・・・・

助手:

うーむ。どれも日本ではあまり聞かないものばかりですよね。腸チフスも下痢しますか?

博士:

腸チフスは発熱疾患で下痢を伴わない事も多い。腸チフス、肝炎にはワクチンがあり十分効果が期待できるから早めに受けておくべきだ。

助手:

日本でチフスになるとニュースになりますよね。

博士:

うむ。先日、日本でニュースになったケースはパラチフスじゃったが、3月4日から31日までインドに滞在し、帰国後4月16日から発熱した、と報道されている。日本ではチフス、コレラ、赤痢等は感染症法の2類に分類され、診断した医師は保健所に届ける事が義務づけられている。また患者は指定医療機関に入院させられ、完全治癒するまで学校や会社には行ってはいけないとされている。

助手:

厳しいですね。インドならチフスもコレラも赤痢も街中にありふれた病気ですから、隔離されたりはしないですね。

博士:

隔離する施設や設備が足りないのが実情だが、我々が罹ったら同様の処置を行った方が良い。

助手:

そうなるとインドで入院ですか・・・。やはりそれだけは避けたいですね。

博士:

入院はいやか? インドの病院食も悪くないぞ。お腹が痛くて入院しても、虫垂炎の手術をしても、翌日にはタンドリーチキン付きのカレーが出るからな。

助手:

うわー。やっぱりそうですか。元気な時はおいしいですけど、病気の時はちょっと辛いですね。ちなみに辛いは、からい、つらい、どちらで読んでいただいても結構ですが。

博士:半分は冗談じゃよ。下痢の時は、スープとオートミール等一応考えた食事が出ているが、味付けはカレー風味だったりしているから、醤油味のおかゆやうどんという訳にはいかん。日本人の我々にはちょっと辛いな。
助手:からい、ですか?
博士:つらい、じゃ。しかし日本の漢字の場合、「からい」と「つらい」が同じ、というのは象徴的だな。インドで生活するには、からい事が楽しい事にならんと暮らしていけんのかもしれん。
助手:そうですね。インドは、からいけど楽しい、暑いけど楽しい、空気汚いけど楽しい、水汚いけど楽しい、道路混むけど楽しい、肉が手に入らないけど楽しい、この時期野菜もないけど楽しい、時々おなか痛くなるけど楽しい・・。だめです、博士。とても、なれそうにありません。
博士:もう少し生活すれば慣れるはずじゃ。心頭滅却すれば火もまた・・・・でも、確かに暑い。
 

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