肝炎の話

1998年8月


助手:博士、最近の気候はどうも変ですよね。乾期のはずなのに雨が降り続いたりと。
博士:そうじゃな。エルニーニョも終わったはずじゃが、確かにここ数年の世界各地の気象は異常じゃな。
助手:特にインドネシアは数年来災害続きでしたよね。山火事、煙害。そう言えば、ついこの間もお隣のパプアニューギニアで地震による大津波がありましたね。
博士:たいへんな被害だったな。生き残った住民の間に感染症も広がっていると聞いている。
助手:イリアンジャヤの干ばつの時もそうでしたけど、災害後はいつも伝染病が蔓延しますよね、やはり水ですか、問題は?
博士:うむ、災害後は清潔で安全な飲料水の確保が難しくなるんじゃ。コレラなどの細菌感染、ウイルス性の肝炎も広がる原因になる。
助手:肝炎ね。肝炎は水や食べ物から感染するんですか?
博士:肝炎には、大きく分けて非ウイルス性のものとウイルスによるものの2種類がある。非ウイルス性の代表はアルコール性肝炎、ウイルス性の代表にA型、B型肝炎などがある。この内、A型肝炎は水や食べ物から感染する。
助手:そうですか。そうすると水や食べ物に気をつけていれば、A型肝炎にはならないのですね。
博士:ミネラルウォーターや沸騰処理した水だけを飲み、食べ物も熱い物を熱い内に食べていれば、通常はならない。じゃが、君は氷を摂取しているじゃろ。
助手:そう言われれば、生ものには比較的注意してますけどゴルフ場や場末のレストランで水割りに氷を入れてもらって飲んでますね。また、地方に行くと、ビールそのものが冷えていないものだから、グラスに氷を入れてます。
博士:それじゃあ、いつ肝炎に罹っても不思議は無い。
助手:そうか、結構危険な事をしていたんですね。
博士:インドネシアで生活している分には避けられない事もある。じゃからA型肝炎のワクチンは受けておいた方が良い。
助手:何回ワクチンを受ければ良いのですか?
博士:通常の720単位のワクチンであれば、1ヶ月おきに2回でだいたい抗体はできるが、念のため半年後に3回目を受けておけばまず万全じゃ。当地に赴任する前に済ませておくのが理想的じゃ。
助手:3回も受けなければいけないのは面倒ですね。それに赴任前に半年以上の余裕はありませんでした。私の場合、赴任が決まったのは1ヶ月前でしたからね。
博士:うむ、そういうケースも多いじゃろう。じゃが、1回目を受けてから4週間たてば抗体が産生されてくるから、せめて赴任前1ヶ月前に1度は受けるべきじゃな。2回目以降は当地でも可能じゃ。
助手:2回目以降が、日本製のものでなくても大丈夫ですか? 
博士:全く問題ない。当地ならメディカロカ、AEAクリニック、協栄メディカル等で接種可能じゃ。
助手:B型肝炎も水や食べ物から感染するんですか?
博士:いや、B型肝炎は、血液や体液を介して感染する。通常問題となるのは、輸血と性交渉じゃ。
助手:輸血と性交渉ね。前者の方は、もし病院でそういう事態になったらできるだけ血液を入れられる前に担当医に感染症の再チェックを依頼する、という事でしたよね。
博士:うむ、その通りじゃ。しかし、問題なのは輸血以外による感染ルートじゃな。インドネシア人のキャリアの率は15%とも20%とも言われておるから、感染の危険は日本より高いと考えた方が良い。
助手:そうですよね。まあ、当地に来る際には、仕事で一旗揚げよう、成功しよう、と思って来るわけで、別に性交渉しようと思って来るわけでは無いんですけどね。
博士:くだらん洒落じゃな。まあ、B型についてもワクチンがあるから、受けておいた方が良い。
助手:B型もワクチンがあるんですか。よかった。
博士:相変わらず、君の行動は危険度が高いようじゃな。
助手:いや、交通事故も多いですからね。輸血も心配ですし。   
博士:まあ、冗談はともかく、ドイツなどではB型肝炎の増加を憂慮して成熟年齢に達する前の若者を対象とするワクチン接種を推進している。東南アジアの多くの国でも、生後1ヶ月位からの接種を推奨している。全員が受けても良いワクチンの一つと言える。
助手:危険度の高い人ばかりが対象ではないわけですね。副作用はどうですか。
博士:A型、B型ともに世界中で何百万人もの人が受けているが、発熱、注射部位の痛み以外、重篤な合併症の発生率はほとんど無視して良い位に低い。
助手:安全なんですね。ところで、肝炎になるとどんな症状が出ますか?
博士:微熱、軽い倦怠、食欲不振、腹部の膨満感といった症状で始まる事が多い。咳が出て風邪と思って病院を受診するケースも少なくない。
助手:黄疸が出るんでしたよね。
博士:まず、尿が茶褐色に変色する。イソジン液のようになる。黄疸はその後じゃ。
助手:手足が黄色くなるんですね。
博士:黄疸を確認するには眼球結膜を確認した方が良い。単に手足の皮膚が黄色いのは、みかん等の柑橘類の食べ過ぎという事もある。
助手:みかんの食べ過ぎね。そう言えば日本で冬にこたつに入ってみかんをたくさん食べた後、手が黄色くなりましたね。手足ではなく、がんきゅう・けつまく、で確認するんですか。けつまく、というのは尻じゃないですよね?
博士:目じゃ。いわゆる白目の部分を見て、そこが黄色くなっていれば黄疸と言える。
助手:肝炎の場合、治るのにどの位時間がかかりますか? 
博士:A型肝炎の場合は最低1ヶ月、体力が元通りになるには数ヶ月かかるようじゃな。B型肝炎も急性の状態はほとんど同じじゃが、まれに慢性化したり肝臓癌の原因になる事もあるから要注意じゃ。
助手:肝臓癌ですか。怖いですね。私も早速ワクチンを受ける事にします。ワクチンを受けておけば心配ないんですよね。
博士:ウイルス性肝炎はA型、B型以外にC型、D型、E型、G型などが知られている。A型、B型以外ではワクチンは開発されていない。当地でも、水・食べ物から感染するE型肝炎、血液・体液を介して感染するC型肝炎は決して稀な病気ではない。
助手:ワクチンのない肝炎もあるんですか。そうすると予防のしようがないですね。あまり気にしてもしかたがないですかね。
博士:それでは、何のための医学かわからんじゃないか。できる手段は全て有効に使う。そして感染経路がわかっているんだから、その経路を絶つ。すなわち危険な物は食べない、危険な行為はしない等々、やれる事はいくらでもあるはずじゃ。
助手:それでも防ぎきれない事もありますよね。地方で接待に出された食べ物で危ないなーという感じがしても、手をつけないと相手に対して失礼だな、というような時とか。輸血だって意識がない内にされてしまう事もありますよね。
博士:確かにな。交通事故などで意識がない内に輸血されてしまう場合は仕方がないかもしれん。しかし、輸血以外の場合には、意識がない内にと言うのは考えられん。
助手:いやー、それがそっちの場合でも意識がない内にという事もあるんですよ。博士。この間なんかも、どういうわけだかそうなって、どういうわけだかああなって、気が付いたらこうなって・・・
博士:そんな事はありえないと思うがな。意識がないのは、5月の暴動の際に投石にでもあって頭を打ったのかもしれん。君の場合はワクチンを打つ前にしなければならない治療がある。
助手:頭を打った記憶は無いんですがね、私の場合の治療というのは何ですか?
博士:お灸じゃよ。君の場合はワクチンよりもお灸をすえた方がよさそうだ。
助手:博士、それだけはごかんえんを。
博士:肝炎にひっかけたしゃれか。それも言うならご勘弁じゃろ。もういいかげんに、かんえんしなさい。
助手:それを言うなら、観念ですよね。
博士:口答えするとは、けしからん。もうかんえん袋の緒が切れた。
助手:博士、もう止めましょう。読者がすっかり、引いてます。読者を引き留めましょう。今止めないと読者が帰ってこないですよ。
博士:かんえんてお-いで
助手:ああ、もうだめだ。もう2度と読んでもらえない。

 


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