ストレスマネージメントの話

1999年10月


助手:インドネシアもいよいよたいへんな事になってきましたね。
博士:うむ。ますます混迷を深めている感じじゃな。
助手:東チモールに派遣されていた国連職員やNGOの人たちは、さぞかしたいへんな思いをされたんでしょうね。
博士:うむ。眠れぬ日々が続いたようじゃ。国連では、彼らのために、あらかじめストレス・マネージメントの冊子を配布していた。
助手:ストレス・マネージメントの冊子ですか? 準備が良いですね。いつ頃配布されたんですか?
博士:住民投票が行われる10日前、8月の20日頃じゃ。
助手:どんな内容の冊子ですか?
博士:"Coping with stress"と題するもので専門書からの引用じゃ。いろいろな予期せぬ事態に備えて、ストレスとは何か、ストレスの強度や持続時間が増強すると、どんな肉体的、精神的な変化が体に起こるのか。そして、そうした変化が生じた場合には、どのように対処すれば良いのか。そして周囲の者はそうした人々にどう接すればよいのか。大きなストレスの現場から帰還した後はどのように過ごせば良いのか等々が、詳細に解説されている。
助手:詳しい内容ですね。国連職員は、いろんな危険な場所や災害現場に派遣されていますから、そうしたノウハウが蓄積されているんですね。
博士:うむ。彼らは世界各地で、そうしたトラウマを生じやすい環境にさらされている。あらかじめ、大きなストレスによる健康障害についての知識を与えて準備させる事は、ミッションを遂行する上で不可欠になっていると言える。
助手:大きなストレス、あるいはトラウマとなるような出来事に遭遇すると、具体的にはどうなってしまうんですか?
博士:急性期と後期に分けられる。急性期には肉体面で言えば吐き気やふるえ、発汗、めまいなどが生じ、脈が速くなり血圧が上昇する。感情面では不安、怒り、いらつき、悲しみ、希望のなさを感じる。認識面では、混乱があり、物事を決める事ができなくなり、考えがまとまらず、記憶も悪くなる。
助手:ショックで頭がぼーっとしてしまうんでしょうね。私もよくぼーっとはなりますが。全く、違うんでしょうね。ははは。そして長引くとどうなりますか。
博士:後期の反応としては、肉体的には倦怠、驚愕反応、睡眠障害、悪夢、落ちつかなさ等が出てくる。感情面では、あきらめたような気持ちになり、恨みがちになり、疎外感を感じ、引きこもりや感情の鈍麻、さらにうつ状態が出現する。またフラッシュバックと呼ばれる生々しい場面の再現が頭の中に突然あらわれる現象も知られている。
助手:フレッシュパックね。冷凍食品が夢で飛び交う、ていう。
博士:ちゃう。でもそれ、前にも聞いたな。
助手:すみません、同じ呆けで。でも、フラッシュバック現象と言うのはそんなに生々しいんものなんですか?
博士:そうなんじゃ。事件とは関係のない事をしている昼間でも突然に、事件の場面がありありとよみがえる。今起こっている事のような錯覚をしてしまう。悪夢として出る事もある。夜中に悪夢でうなされ覚醒しても、それが現実か夢か区別がつかなくなるんじゃ。
助手:それは、さぞかし恐いでしょうね。でも、こうした症状が起きたとしても対処の仕方があるんですね。
博士:そうじゃ。こうしたトラウマとなる出来事が起きている時には、まず上記の症状が起こる可能性を予め知っていたかが重要になる。
助手:そうですね。知っていれば、来たか、て言う感じで、準備できますね。
博士:まあ、それでも、混乱するには違いないが、少しは役に立つ。さらに、常に前向きな態度でいる事。つまり、これで死んでしまうのではないかとか、気が狂ってしまったのではないかとか否定的に考えないようにする事。併せて、ゆっくり規則的な呼吸をするようにつとめる事。
助手:なるほどね。そういう時に、回数の多い呼吸をしていると、たかきゅう症候群になるんでしたよね。
博士:デパートじゃないんだから。それを言うなら過呼吸症候群じゃ。さらに、目の前の仕事に集中する事。とりあえず、片づけをしてみるとかな。それと他の人とできるだけ会話をする事。一人で黙っているのは良くない。さらに食事や水、衣服や休息といった事に気を配る事。事態が長引くようなら休暇をとり、仕事もローテートする事。こうした処置を行う事で、随分と楽になるはずじゃ。
助手:知識、目前の仕事、前向きな態度、呼吸法、他人との会話、食事、休息、仕事のローテート、なるほどね。
博士:そして、大きなストレスとなった出来事を経験した後にすべき事は、体験した事について、何を見たか、どんな音を聞いたか、どんな臭いだったか等を具体的に他人に伝える事が必要じゃ。
助手:臭いもですか。
博士:うむ。臭いというのは、旧脳、人間の本能に関係している重要なファクターじゃ。さらに、自分はどのように反応し、どう感じたかも話す。
助手:隠さずに話す事が重要なんですね。
博士:そうじゃ。話すのがつらい事もあるが、心の奥底にため込んでしまうのは良くない。つらくても人に話す事が、心の傷を浅くする近道じゃ。
助手:でも、当初は話すのはつらいでしょうね。聞く方もつらいでしょうし。時間が必要かもしれませんね。
博士:もちろんそうじゃ。周囲の人が無理矢理聞き出すのは絶対に良くない。自ら話し始めるのを待ってあげなければならない。さらに、一般的なストレスマネージメントの方法である呼吸法やエクササイス、瞑想、読書、音楽によるリラクセーションなどを積極的に学ぶ事が大事じゃ。
助手:最近は、その手の情報なら随分と雑誌などでも紹介されてますよね。
博士:さらに、同じ体験を共有した人たちとのグループミーティングを持ち、語り合う事も必要じゃ。
助手:博士、同じ体験をすると同じ肉体的、精神的な反応が生じるんですか?
博士:いや、もちろん個人差がある。個人の経験、恐怖への度合い、対処能力等々で反応が異なる。同じ体験をしても、全く症状の出ないケースもあれば、重症に陥ってしまうケースもある。
助手:そうですよね。それぞれ過去が違いますからね。
博士:ただ重要なのは、そういう大きなストレス、異常な事態による反応は、異常な事ではない、誰にでも起こりうる正常な反応である、と理解してあげる必要がある。
助手:周囲の人の理解が大切なんですね。
博士:そうじゃ。そうした被害者とできるだけ一緒にいてあげる事。そしてゆっくり話を聞いてあげる事。共感してあげる事。怒りが表出された場合でも、決して反発してはいけない。受容してあげなければいかん。そして援助の手をさしのべて、実際に掃除や料理や身の回りの世話等もしてあげる事。そして現在は既に安全で守られた状況にある事を、しっかりと伝えてあげる事が大切じゃ。また一方で、被害者が望めば一人の時間も作ってあげる事も必要じゃ。
助手:傷ついた心を癒すための安全な場所、ストレスのない場所を提供してあげる、という事ですね。
博士:うむ。言わば、母親の懐なり胸元で保護された状態にしてあげる事じゃ。
助手:そうですか。私も、保護されたいな。女性の胸元で。
博士:なんか違うな、君が言うと。どうもいやらしい感じがするな。
助手:そんないやらしい意味ではありませんよ。
博士:そもそも、そんなに傷ついているのか? 大きなストレスがあったのか?
助手:いや、大きなストレスというよりも、持続する蓄積したストレスというか。
博士:何だそりゃ。仕事で不満があるなら言いなさい。
助手:言ってもきりないし。下手に口に出して、それが元で怒らせて大きなストレスになってもいけませんしね。
博士:君なりに苦労している、と言うより、君の言うストレスは、普通の人なら大した事のない程度のもののようじゃな。
助手:個人差ありますからね。博士のように修羅場をくぐり抜けてきた人生ではありませんので私は傷つきやすいんですよ。誰か私を癒してくれないかナー。誰か胸を貸してくれないかナー。
博士:わしで良ければ、いつでもいいぞ。
助手:いや、せっかくですから、若めの女性、それもきれいで胸の大きい・・・
博士:もう止めといた方が無難じゃな。せっかく大切な話をしているのに、すっかり君のおかげで台無しになってしまう。
助手:胸については大きさもそうですが、柔らかさも大事で・・・
博士:カーーーーーット。

 


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