女性の話

1999年12月

     

助手:おや、ついに女性の話ですか。楽しみですね。どんな事ですか?
博士:君の期待しているような内容ではない事は確かだな。
助手:え? 別に、そんな変な話を期待しているなんて事はありませんよ。でも、女性の生態とか、考え方とか、弱点とか、教えてもらえれば少しは役に立つんじゃないかなと思います。
博士:やはり、そういう話ではない。先月来られて講演会をされていた近畿大の精神科宮地尚子先生が話されていたジェンダーについての話をしようと思う。
助手:ジェンダーって、♪レッツ、キッス、頬寄せて♪のですか?
博士:それは坂本九のジェンカじゃ。
助手:ああ、軍隊のかけ声。「じぇんたーい、止まれ」って。
博士:・・・先を急ごう。Genderは以前にも紹介したが、役割として作られた性をさす。
助手:思い出しました。性の話で出てきましたね。
sex is between the leg, gender is between the eyes でしたよね。
博士:genderは鼻か? 目の間にあってどうすんじゃ。それも言うなら
gender is between the ears 耳の間、つまり脳という意味じゃ。そもそもsexの部分だけしっかり覚えているのはどういう事じゃ。
助手:まあ、そっちは分かりやすかったですからね。sexは股間の問題、てね。
博士:ともかくジェンダーと言うのは、認識された性、社会的に規定された性の役割をさす。女性、男性というものに対する社会の考えが含まれる。
助手:女性はこうしなさい、男性ならこうあるべき、というものですね。
博士:そうじゃ。そして女性の場合、こうした社会的な役割としての性に長年にわたり拘束されてきた。特に近代に入ってから、その傾向が強まった。
助手:それ以前は違っていたんですか?
博士:うむ。特に産業革命以後、男子は工場や会社といった場所で働き、女性は子育ての関係で家を守る。この体制が、社会の生産性には都合が良くなってきて生じたんじゃな。
助手:なるほどね。その前の時代、家で男も女も共に働いていた場合には、男女で労働の質に変わりがない事もありますよね。
博士:そうじゃ。農作業、家内工業含め、家単位で行っていたから男も女も関係なかった。しかし、近代以後は、女性だけが家の中に閉じこめられる存在になってしまった。
助手:その流れで、女は家にいて子供を守るとか、良い嫁であるべき、といった考えになってきたんですね。
博士:そうじゃ。そして、未だにそうした呪縛から逃れられない女性、男性が多い。
助手:呪縛ですか。呪いのように縛られているんですね。
博士:そうじゃ。社会が規定する役割としての「女であること」と、自らの希求する「自分らしくあること」との葛藤が生まれている。この事が、精神的な病気に繋がっている可能性が示唆されている。
助手:精神的な病気というのは、どんな病気ですか?
博士:例えば、「女らしさの病」の代表と言われているものに摂食障害がある。
助手:会社の上司がOLの体に触ろうとすると「やめてー」って?
博士:それは、接触だろ。そもそも、そんな行為はセクハラだ。摂食障害というのは、食べられなくなって極端にやせたり、反対に食べ過ぎてしまう病気の事を指している。一般には拒食症、過食症と言われている。
助手:ああ、その病気ですか。テレビドラマなんかで時々見ますね。
博士:うむ。この摂食障害は、世間的な女性への見方として言われている「太っているのは醜い」「女性はきれいでなければならない」「モデルのような、あるいは女優のようにならないと男性から愛されない」といった呪縛的女性性の過剰な取り入れにより生じると考えられている。
助手:そうですね。若い女性は、みんなやせたがっていますよね。テレビに出ている女優さんや歌手もみんなガリガリですものね。私なんか、ちょっとぽっちゃりとした女性の方が好きなんですけど。
博士:別に君の好みはどうでもよいが、こうした女性の過剰な意識が病気のきっかけになっている。また、その反対に、こうした大人としての女性になりたくない、いつまでも子供でいたいという欲求、子供のままでいた方が親の愛を受けられやすい、といった考えが摂食障害の誘因になる事もある。
助手:なるほどね。どちらの場合でも、社会や一般の人が規定している女性という役割にとらわれている事が原因なんですね。
博士:少なくとも本人は、社会や一般がそう規定している、あるいは期待していると思いこんでいるんだな。
助手:男性の場合は拒食症って、あんまり聞きませんよね。時代が変わってきたとは言え、まだ男性はやせていて美しくなければならない、という規範は一般的ではありませんものね。
博士:よかったな。君の場合は。
助手:博士もね。
博士:いずれにしても。女性の場合はまだまだそうした規範が根強く社会にある反面、一方では女性をめぐる社会規範が急速に変化しつつある時代でもある。古い家族制度は既に崩壊し、核家族化も進んでいる。女性も高学歴化して経済的にも自立の可能性が高くなってきた。
助手:男性が子育てをするケース、主夫という場合も出てきましたね。
博士:うむ。世界的潮流ではある。女性の生き方のモデルが多様化し、結婚にしばられない、子供に縛られない、性に縛られないスタイルが現れた。
助手:特に若い世代ではそうですね。
博士:うむ。しかし世代間ではまだまだ意識のずれがある。親や祖父母の世代ではまだまだ女性は結婚すべきで子供を持つべき、子供が小さいうちは女性は家にいるべきという考え方が支配的であり、このギャップは嫁姑関係などで問題化する。
助手:橋田寿賀子さんのドラマの大きなテーマですよね。
博士:男女間の意識のずれもまだまだ大きい。
助手:男で、奥さんは家にいてほしいと思っている人は多いですね。
博士:さらに言えば、女性自身の心の中の意識のずれもある。知らず知らずのうちに身につけてきた規範と、新しく目指す「自分らしくあること」との齟齬もある。
助手:そごうですか? 新しくスナヤンにもできましたね。
博士:デパートじゃない。難しい漢字じゃが、そご、と読む。くいちがいの事じゃ。
助手:そご、ですか。小さい頃からの積み重ねで身につけてしまったものと、本当の自分とのくいちがい、という事ですね。
博士:うむ。相手を立てる、感情を抑制するように社会から、そして親から求められてきた女性に、いきなり自己主張しろといっても無理がある。怒りとか攻撃性といったものは、慣れがないといきなり表現できるものではない。
助手:そうか。痴漢にあった女性が、急に声を出せないのもそのせいですね。
博士:そうじゃ。そうした性暴力の被害にあっても、つい押し黙ってしまう傾向にある。よっぽどの勇気をふりしぼるか、日頃自己主張しなれている女性でなければ、電車内で大きな声は出せない。
助手:選挙カーの中でもですよね。どこかの知事の事件みたいに。でも現場でそうした行動に出れないと、後で誤解を招く事もあるんでしょうね。何故、その時助けを求めなかったのか、って。
博士:うむ。後になって被害を訴えても、社会的偏見のために再外傷を受ける事もある。
助手:再外傷。外傷を2回受ける、という事ですね。そうした被害を受けるのは被害者に落ち度があるからだとか、嫌なら抵抗できたはずだとかいった話が、必ずでてきますよね。それで、また傷つくわけですね。
博士:そうじゃ。被害者が抵抗できなかったのは、恐怖で身動きできなくなるためであり、そもそも女性は攻撃的に加害者に反抗する事に慣れていないという事情が全く理解されていない。そのため、訴えた後に、社会から再び心の傷を受ける事になる。そして、悪かったのは自分の側じゃないのか、とまで感じるようになってしまう不幸なケースもある。
助手:それは、つらいですね。そうなったしまったら、何も信じられませんね。
博士:性犯罪は、人間不信、絶望感、自己不信といったトラウマを引き起こす率が、自然災害の場合よりも多いと言われている。境界型人格障害や多重人格といった最近増えている障害についても、子供の頃の性的虐待が関係しているケースも多いのではないかと推測されている。
助手:いろいろと女性はたいへんなんですね。
博士:いや、むしろ、これから問われるのは男性のジェンダーかもしれんぞ。従来の伝統的男性像では、生きていけない。強さばかりではなく優しさ、指導力だけではなく包容力も求められてくるのかもしれん。女性が変われば、男性も変わらなければならない。単なる性を越えた確固たるアイデンティティーをそれぞれが持たなければならん。君も頑張らんとな。浮わついてばかりはいられんぞ。
助手:そうか。もう、昔ながらの女性像を追いかけてはいけないんですね。
博士:まだ、途上国には残っているかもしれんがな。
助手:あれ? そうか。それでみんな年取ってからインドネシアに戻ってくるんですね。なーるほど。博士もその口ですか?
博士:おほん。わしの場合は、古き良き時代の日本を感じたくてな。また来たんじゃ。
助手:私も古き良き時代の女性を求めて、さまようんでしょうか?
博士:うむ。君自身が変わらなければ永久に彷徨う事になりそうだな。
助手:方向が決まらず彷徨し、博士の元に丁稚奉公、って、しゃれてもむなしいですね。
博士:ちょっと、悲しいしゃれじゃな。よし、少し元気づけるために、うなぎでもごちそうしてやるか。
助手:うなぎですか? 博士、もう結構です。
博士:そりゃまたどうしてじゃ? うなぎは嫌いか?
助手:いえ、今回たくさん聞きましたから、もう精(性)のつくものはこりごりです。

 


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