待ち時間の話
2012年 11月
助手: | 博士、カナダの生活はいかがですか? |
博士: | オタワは過ごしやすい街じゃな。カナダで住みやすい都市のトップに選ばれたのもうなづける。 |
助手: | でも、冬の寒さは半端ないと。 |
博士: | 確かにな。来た時期はダルエスサラームとの気温差が50度もあったで、体が慣れるのに苦労した。それでも、暖冬じゃったそうだから、今度の冬はどうなることか今から戦々恐々じゃ。 |
助手: | 私は、ウインタースポーツが楽しみです。そう言えば、リドー運河のスケート場、確かにすごかったっですね。世界一の広さとか。 リドー運河のスケートリンク |
博士: | うむ。リドー運河はオタワ市とオンタリオ湖のキングストン市を結ぶ運河で開通は1832年と世界的にも古い歴史があり、世界遺産に指定されている。冬の時期は世界最大のスケートリンクになるが、その長さは8.1Kmにおよぶ。四季折々の景色がすばらしく、世界中からツーリストが訪れている。 |
助手: | そうですね。春のチューリップ祭りもきれいでしたね。 リドー運河ダウ湖沿いのチューリップ祭り。5月
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博士: | 夏はボートレースも行われている。Dragon Boat Festivalとして有名で、いろんな地元・素人チームも参加するお祭りで、もりあがっておったな。 Dragon Boat Festival、8月 |
助手: | そんなこともありましたね。日本チームも出ていたようですね。
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博士: | そして秋は紅葉、すばらしかった。 リドー運河沿い。10月
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助手: | 確かに、こうして改めて1年近くを振り返ると、本当に季節のある、四季のあるすばらしい土地ですね。住民の方ものんびりしている感じでしたね。 |
博士: | のんびりしておるな。これは医療においても同様じゃ。 |
助手: | そうか。例の待ち時間の長さの問題ですね。骨折で大病院の救急外来を夜受診して、診察を受けたのは朝だった、という話ですね。 |
博士: | うむ。そういう例は枚挙に暇がない。 |
助手: | マイケルにひまがない? |
博士: | 相変わらず英語も出来んが、日本語も知らんな。本来は、”枚挙に遑がない”じゃが、”まいきょにいとまがない”。たくさんありすぎて数えられない、という意味じゃ。 |
助手: | マイケルさんの話ではなかったんですね。それで、実際、何時間位外来で待たされるのですか? |
博士: | カナダでは、そもそも病院に行きたい場合は、登録している家庭医をまず受診しなければならない。家庭医の受診時間外の場合には、街中にあるウォークイン・クリニックや病院の救急外来を受診することになるんじゃが、病院の救急外来の待ち時間については、オンタリオ州のホームページに病院ごとの平均時間が表示されている。※ |
助手: | そうですか。資料によるとオタワ病院・・、えー??、Compex症例の場合、待ち時間平均8.2時間、ERでの滞在平均時間20.1時間ですか。 |
博士: | まあそうじゃ。ERでは看護師によるトリアージ(ふるいわけ)が行われており、重症・直ぐに治療が必要であると判断された場合には、そんなに待たされることはないようじゃが、生命の危険がないと判断された場合には、待ち時間が長いのは確かなようじゃな。 |
助手: | 単なる鎖骨骨折程度じゃ、生命の危険がない、っていうことかもしれませんが、それまで何の痛み止めも受けずに何時間も待たなければならないんですか?! それは酷い。カナダの人はそれで文句一つ言わないのですか。 |
博士: | 不満は述べておるようで、新聞には毎週のように病院の待ち時間の問題が報道はされている。しかし、それほど大きな政治問題にはなっていないようじゃ。病院でのトリアージ・システムを信頼している、あるいは政府を信頼している、ということかもしれん。またお金がなければ病院を受診もできない、米国よりはまし、と考えている国民が多いようじゃ。 |
助手: | ERじゃなくて、家庭医を受診しようとしても、そもそも家庭医の数が少ないと聞いています。知り合いの方で家庭医を持っていない人は多いです。 |
博士: | そうじゃな。カナダでは家庭医も病院勤務医も基本は保険医で政府から支給されている。収入には上限が決められていて、また患者数も制限することが認められているようじゃ。つまり患者数を増やしても収入は増えないる。 |
助手: | カナダでは医者になってもそれほどの高収入が得られないので、優秀な医師は米国へ流失していると聞いたことがあります。 |
博士: | 米国に行っている医師は多いが、最近は訴訟などのリスクの多い米国を嫌って、カナダに戻って、生活をエンジョイする方をとるという医師、特に若い医師が増えているとのことじゃ。報道によれば、カナダの医師の平均収入は38万ドルとのことじゃ。最近NYで米国人医師に聞いたところ、米国の家庭医の場合、平均20万ドル程度ではないか、とのことであり、そういう状況ならば、カナダの方がずっと良いと思う若い医師は増えているのかもしれんな。 |
助手: | 38万ドルですか。それなら物価の安いカナダの方が米国よりも生活をエンジョイできるでしょうね。家庭医もそうですが、専門医の数はさらに少ないと聞きました。 |
博士: | フレーザー研究所※の2022年のデータによると、家庭医から専門医への待ち時間は全科・全州平均で12.6週、専門医受診後治療までの待ち時間は、さらに14.8週とのことじゃ。 州別、家庭医から専門医、専門医から治療までの待ち時間。 フレーザー研究所2022年
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助手: | えーー。家庭医を受診するのもたいへんなのに、専門医、さらに実際に治療がおこなわれるまで20週、つまり5ヶ月も待たなければいけないのですね。 |
博士: | 専門医の数の特に少ない整形外科や脳神経外科の場合、家庭医から専門医への待ち時間と専門医から実際の治療、つまり手術が行われまでの待ち時間は約40週とのデータが発表されている。実際に、股関節や膝関節のの置換術を受けるまで1年待ったという話はよく聞いている。 専門科別、家庭医から専門医、専門医から治療までの待ち時間。 フレーザー研究所2022年
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助手: | 日本だったら、絶対そんなに待たないですよね。待たされても1ヶ月程度でしょうか。それで、もう一回聞きますが、カナダ人は不平は訴えていないのですか?? |
博士: | しつこいが、まあ、当然の質問だな。カナダの中でもフランス色の強いケベック州の住民が待機時間の長さを訴え勝訴した2005年の「シャウリ訴訟」がある。「自由診療を禁止しているのは違法である」との判決が出て、その後ケベック州では限定的ではあるが私的医療機関が認められるようになってきた。 |
助手: | なるほど。他の州はどうなんですか? オンタリオでは見かけませんが。 |
博士: | オンタリオ州では認められていない。BC州では許可されているようじゃが、国全体として見た場合、まだ医療機関の数パーセントを占めるに過ぎない状況じゃ。またケベックであっても、基本的に患者を入院させる病院は許可されておらず、私的医療機関で手術を行った場合でも24時間以上は患者を置いてはいけないなど制限されている。 |
助手: | 1日ということは、開腹手術や開頭手術などは、プライベート医療機関では行っていない、ということですね。 |
博士: | まあ、そうじゃな。皮膚科・形成外科・整形外科の手術、一般外科でもヘルニアや腹腔鏡などの手術で回復まで時間がそれほどかからない手術に限定されるな。 |
助手: | 日本人にとっては、なんか信じられない状況ですけどね。日本は、いつでも近くの病院、それも場合によっては整形外科や小児科、眼科・耳鼻科などの専門医に待たずに受診できますよね。処置も早いし。 |
博士: | そうじゃな。日本人の長寿は、医療機関のアクセスの良さに支えられているとも言われている。実際、これは米国の調査であるが、病院に気軽に受診しないため、”がん”が発見されるのが、ほとんど救急外来・ERであるというデータもある。 |
助手: | 酷くなってからしか病院に行かないから手遅れになる。日本の場合は、気軽に病院に行けるので早期発見・早期治療につながっている、というわけですね。日本の医療って、あらためてすごいんですね。 |
博士: | そうじゃな。しかし、先日の日本の厚労省の調査※によれば医療についての外来患者の全般的な満足度は5割程度と低い。 |
助手: | 半分の方が満足していないんですね。それで外国の満足度はどうなっていますか? |
博士: | 単純な比較は出来ないが、これは2010年にロイターが行ったアンケート「あなたの家族が重篤な病気になったと想定してください。その場合、手ごろで良質な医療を受けることはどれくらい難しいと思われますか?」という質問に対し、「容易である」と答えた割合が先進・新興22カ国中、日本は一番最低の15%(「困難である」と答えた人は85%)だっという報告がある。ちなみに、満足度上位はスウェーデンの75%、ベルギーの70%で、カナダは何と3番目で、69%が「容易である」と答えている。 |
助手: | それって、私から見ると、どうしてって感じです。まあ確かにカナダの場合、皆保険で基本的に医療費は無料ということのようですから、「てごろ」という意味では上位には入るかもしれませんがね。 |
博士: | 米国であっても「容易である」と答えているのは51%いる。それだけ自国の制度にそれぞれの国民が満足しているということかもしれん。 |
助手: | 外国の状況を知らないから、多くの日本人は、”不満”、に思っているような気もしますけどね。 |
博士: | 確かに、WHOのWorld Health Report によれば、「日本は、健康に暮らすことができる期間を示し た健康寿命が第1位、健康達成度の総合評価も第1位」と高く評価されていることは間違いのない事実じゃ。それでも、近年は健康保険費用が払えず医療を受けられない貧困層が増えたり、また一方でコンビニアクセス・救急車のタクシー利用といったことも起きており、医療者が疲弊してきている状況はあり、今後は日本の医療が一番と胸を張れなくなってしまう可能性もある。 |
助手: | そうですね。何とか、システムを維持してもらって、日本の医療が崩壊しないようにがんばってもらいたいですね。 |
博士: | カナダでも、州によってさまざまな努力が行われている。例えば、カルガリー市のあるアルバータ州では、医師会作成の「Health wise handbook」を市民に配布して、病気になった時に家での対応方法、病院へいくべきか、救急か・待てる病気か、等々、共有財産である大切な医療資源を有効に活用するための啓発活動を行っている。医療者の側も、州の援助で医師会が勉強会を行い、家庭医のレベルを上げる、また専門医との連携を強化するなどの対策を行っている。※ |
助手: | なるほど、「大切な医療資源を有効に活用する」ための、現代版「家庭の医学」ですね。 |
博士: | 実は、日本でも同様な取り組みが、東京消防庁などで行われている。※ |
助手: | 東京版救急受診ガイド、ですか。なるほど、救急受診についての問題は世界共通で、各地でいろんな取り組みが行われているんですね。 |
博士: | うむ。さらに加えて高齢化の問題もある。※ これについても、ある意味日本は先進国であり、日本の取り組みは世界中で注目されている。 |
助手: | 高齢化の問題ね。博士にとっては、身近な問題ですよね。 |
博士: | 何を言っておる。年寄り自身ではなく、むしろ経済的負担の多くなる若者の問題じゃぞ。 |
助手: | いやー、今回1年ぶりでしたが、また勉強になりました。先進国でも医療はいろんな問題をかかえている、ということですね。博士もタンザニアから、カナダに移ってこられて、いろいろと人生の最後のことを考えておられることがわかりました。 |
博士: | 別に、特にこちらに来て、ということはないが、そりゃまた、どうしてだ? そろそろ落ちか? |
助手: | はい。タンザニアと違って、「カナダでは、死期(四季)を意識させられます」、ってね・・・。 |
博士: | なるほど、それでわざわざ季節ごと4枚の写真を出したわけか。読者の皆様、1年ぶり、ということでご容赦ください。それでは、また次回に!! |
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※わが国の高齢化はもう27.9%?(ニッセイ基礎研究所レポート)
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