予防接種の話
1999年7月
助手: | 日本からインドネシアに赴任してくる場合に、必要な予防接種は何でしょう? |
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博士: | まず、子供の場合じゃが、日本で小児期にするべき予防接種は全て済ませておく必要がある。 |
助手: | と言うと、ポリオとか三種混合とかですね。 |
博士: | 日本では、ジフテリア、百日咳、破傷風を混合した三種混合、さらにポリオ、ツベルクリン後のBCGが行われている。ポリオの場合、日本では2回で良い事になっているが、ポリオIII型の抗体価の上昇が充分ではないと言われており、当地に赴任する場合には、3回目を追加した方が良い。 |
助手: | ポリオは2回じゃ不十分なんですか。博士、そう言えば、一時マレーシアで話題になりましたが、日本脳炎はどうでしょう? |
博士: | マレーシアで大流行した脳炎は新種のウイルスによるものがあることが判ったが、日本脳炎による患者もいた。しかし、東南アジアならどこでも日本脳炎ウイルスは存在しているから、これも是非受けてきてもらいたい予防接種の一つじゃ。 |
助手: | 日本脳炎はブタを介しての感染だと聞いていますが、ブタの少ないインドネシアでも必要ですか? |
博士: | 確かに日本脳炎はブタの中で増殖されたウイルスが蚊を媒介として人に感染する。しかし、インドネシアと言ってもイスラム教徒ばかりではない。地方、あるいはジャカルタ周辺でも養豚場はあるから、当地でも当然必要なワクチンじゃ。 |
助手: | まあ、確かに中華料理屋ではブタ肉も出ますから、どこかで飼っているのかもしれませんね。その他に子供の場合に必要なワクチンにはどんなものがありますか? |
博士: | 日本では任意接種になってから接種率の低下が問題になっているが、新三種混合として行われていたワクチンもそれぞれを受けておくべきじゃ。 |
助手: | 具体的には何ですか? |
博士: | はしか、おたふく、風疹じゃ。日本でも、それぞれを単独で受けられる。 |
助手: | 肝炎はどうですか? |
博士: | 子供の場合、A型肝炎はかなりの割合が不顕性感染と考えられているから必要ない。しかし、B型肝炎については輸血の問題もあるから、是非受けておいてもらいたい。 |
助手: | 不顕性というのは、感染しても症状が現れない、病気にならないんでしたよね。 |
博士: | そうじゃ。抗体が気づいたら出来ていたというケースじゃ。子供の場合に必要な予防接種はそんなもんじゃろう。 |
助手: | 大人の場合はどうでしょう? |
博士: | まず、破傷風じゃ。日本では昭和43年以後それまでジフテリアと百日咳の二種混合であったものに破傷風が加えられて、三種混合ワクチンが接種されるようになった。従って、それ以後に生まれた人の場合は三種混合として破傷風を打っているはずじゃから、ブースターとして1回を追加すれば良いが、それ以前生まれの場合には基礎免疫を作る必要があるから3回打つ必要がある。 |
助手: | ブースカって、ウルトラマンに出てきたドジな怪獣の? |
博士: | ちゃう。 |
助手: | ああ、昔、阪急で4番を打っていたホームランバッターの・・ |
博士: | それは、ブーマーじゃ。ブースター。抗原刺激により免疫を誘導した後、同じ抗原で再度刺激すると抗体価が上昇する。この事を追加免疫効果、ブースター効果と呼んでいるんじゃ。 |
助手: | 追加免疫効果ね。昭和43年生まれというと、今30歳か31歳ですね。つまりそれ以下の場合にはブースターの1回、それより歳をとっている場合には3回、という事ですね。 |
博士: | まあ、昭和43年以降生まれでも、地域によっては二種混合しか行われなかったケースもあるらしいから厳密には母子手帳で確認する必要があるが、大まかにはそういう事じゃ。 |
助手: | 破傷風は怪我をした時に問題になるんでしたよね。 |
博士: | うむ。それ以外で、動物に咬まれた場合にも破傷風に感染する可能性がある。 |
助手: | 犬に咬まれて感染するのは狂犬病だけでないんですね。狂犬病のワクチンはどうですか? 当地ではあまり犬は見かけませんが。 |
博士: | 狂犬病の動物に咬まれた場合には、ワクチンを打っていたとしても、さらに数回打つ必要がある。それだけ恐い病気じゃ。しかし、あらかじめ接種していて基礎免疫ができていれば多少の効果は期待できるから、動物に接する機会の多い人は考慮すべきワクチンの一つじゃな。 |
助手: | 動物って、犬だけじゃないんですか? |
博士: | 狂犬病は犬だけではない。猫やたぬき、きつね、こうもりなどの野生肉食動物に感染する事が知られている。 |
助手: | ♪たぬき、きつね、ねこ、こうもり♪、ですね。しりとりみたいですが。 |
博士: | そうじゃな。まあ動物に接する職業、森林地帯に入る仕事の場合には必要じゃ。しかし、一般の人にとっては狂犬病よりも肝炎のワクチンの方が、ずっと優先度が上じゃ。 |
助手: | 大人の場合は、A型、B型、両方とも必要でしたよね。 |
博士: | そうじゃ。できれば3回、時間がなければ2回は日本で打ってきてほしい。 |
助手: | でも、当地でもやってもらえますよね。 |
博士: | 今まで挙げたワクチンはほとんど全て当地ジャカルタで接種可能じゃが、副作用の事を考えれば、できるだけ日本で受けてくるに越したことはない。日本で日本の製品を受けた場合なら、万一の場合に救済が受けられる。 |
助手: | 救済ですか? |
博士: | うむ。予防接種法の定める定期接種ワクチンで適切な時期に受けるのであれば、予防接種法による救済、それ以外の場合でも、日本で受けていれば「医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構法」が適用される事になっている。 |
助手: | なんだか長い名前の法律ですが、いずれにしても外国、ましてインドネシア等の途上国で受けた場合には、そうした救済制度は期待できない、という事ですね。 |
博士: | そういう事じゃ。予防接種をしてもらえるだけありがたい、例え副作用が起こったとしても、それは仕方がない、誰の責任でもない、という国じゃ。そういう国に赴任しておるという事を改めて認識する必要がある。 |
助手: | まあ、そうは言っても、時間の関係で全てを日本で受ける事はできない場合には、当地やシンガポールで受けることになるのは仕方がないでしょうね。博士、大人が受けるべきもので他には何がありますか? |
博士: | そうじゃな、大人の場合でも余裕があれば日本脳炎を受けておいた方が良い。 |
助手: | 日本脳炎ですか。チフスはどうですか? 受けた方が良いですか? |
博士: | 欧米の場合、インドネシアに赴任する場合にチフスのワクチンが義務づけられているところも少なくない。しかし残念ながら、日本ではチフスワクチンは手に入らない。 |
助手: | それは、どうしてですか? |
博士: | 日本の場合には、チフスは食べ物、飲み物についての注意をしっかり守っていれば、それほど日本人が罹る事は多くない、というスタンスをとっている。まあ、マラリアの薬や予防薬についても言える事じゃが、日本では熱帯病に対する関心が低く、国内で使われない薬は置いていない事が多いんじゃ。 |
助手: | 当地やシンガポールでは手に入ると聞いていますが。 |
博士: | うむ。経口薬、つまり口から飲むタイプにはVivotif Bernaという名前の物があるが、これは5年間、注射薬のタイプではTyphim Viというものが当地でも販売されておるが、これは2年間効果があると言われている。経口薬は6才以上、注射薬は2才以上から施行可能という事になっておる。 |
助手: | 心配な人は受けておいた方が良いですかね。 |
博士: | うむ。日本での治験は無いが、某医務官の報告によれば副作用は注射薬で皮膚の発赤が見られる程度らしい。しかし、これは日本で使われていない薬じゃ。チフス以外の食中毒の事も考えれば、食べ物や飲み物についての基本的な注意を守る事の方が、より重要じゃ。 |
助手: | Cook it ,peel it or leave it.でしたね。 |
博士: | そうじゃ、熱を通したものを熱い内に食べる、果物も自分でむいた物を食べる。さもなくば口に入れるな、という事じゃな。 |
助手: | 博士、ジャカルタに赴任する場合と、地方に赴任する場合では接種すべき予防接種は異なりますか? |
博士: | ジャカルタの方が安全で、地方の方が危険が高いという事は無い。もちろんマラリアに関して言えばジャカルタは安全じゃ。予防薬を飲む必要は全くない。地方によっては、予防薬の内服を考慮すべき所もある。 |
助手: | イリアンジャヤやチモールでしたよね。 |
博士: | うむ。しかし、その他の病気についてはリスクは一緒じゃ。日本脳炎に関しても、ブタの少ないイスラム地域の方がリスクが少ないかもしれんが、それも誤差の範囲じゃ。食べ物から感染する肝炎やチフス、食中毒は、ジャカルタも地方もリスクはほとんど変わらない。 |
助手: | そう言えば、地方都市で生活していた留学生が、ジャカルタに来てよくお腹をこわすという話も聞きますね。 |
博士: | うむ。油断していればどこでも同じじゃ。この事はバリにもあてはまる。 |
助手: | バリでもコレラ騒ぎがありましたね。そう言えばコレラのワクチンはどうですか? |
博士: | 効果があまり高くないので必要ない。それよりも先ほど挙げた食べ物についての注意を守る事の方が有効じゃ。 |
助手: | アメーバのワクチンはあるんですか? |
博士: | 無い。 |
助手: | デング熱はありますか? エイズワクチンはどうですか? |
博士: | いずれも一部で治験が行われているが、実用化はまだまだ先じゃろう。 |
助手: | 残念だナー、あれば安心して・・・ |
博士: | 何が、安心して、じゃ。そういう輩がおるからいかんのじゃ。ワクチンなど無くったって充分防げる方法があるんじゃから、それをしっかり守れば良い。 |
助手: | でも、気にせずできたら、いや、もとい、食べれたらと思うんですよね。 |
博士: | 危ないなー。君のような人のためには、ワクチンの完成は遅らせた方がよいかもしれんな。ワクチンを打っているからと言って食べ物についての基本的注意を守らなければ、他の多くの病気は防げんのだぞ。 |
助手: | まあ、そうなんでしょうけど、ワクチンがあれば、と思っただけですよ。 |
博士: | あまりに医学が発達して人間を守ろうとし過ぎると過保護になり、本来備わっているはずの力が失われ、外的に対して弱い存在になってしまうのかもしれん。免疫をつけるためには、多少は細菌やウイルスに触れた方が良いのかもしれんな。 |
助手: | そうですね。博士、自分を鍛える意味でも、魑魅魍魎がうずまくコタやブロックMあたりに、今度是非私を突入させてください。 |
博士: | わからん。どうしてそういう都合の良い解釈になるかな。 |
助手: | 1回だけだと免疫が不十分ですから、ブースターのために数回行かせてください。 |
博士: | 言葉の使い方が違っとるなー。 |
助手: | 毒を食らわば皿までですからね。 |
博士: | これも、訳わからんな。そもそも、ワクチンというのは、免疫の作用で・・ |
助手: | さようで。ブースカ、ブースカ。 |
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