マラリアの話(アジア篇)

1999年6月


助手:博士、ジャカルタではあまり話を聞きませんが、マラリアはインドネシアでも流行しているんでしょうか?
博士:うむ。確かに、ジャカルタ、スラバヤなどの大都市ではマラリアの発生は無いと考えて良いが、地方によっては、マラリアが疾病の上位を占めている所も少なからずある。
助手:イリアンジャヤなどですか?
博士:そこまで遠くに行かなくてもマルク、ヌサツゥンガラ、スラウェシ、カリマンタン、スマトラの地方では今でも流行している。
助手:観光地のバリでは無いですよね。
博士:バリには無いと考えて良いが、隣のロンボック島、さらにフローレス島まで行けば、マラリアは日常的な病気だとも言える。
助手:ロンボックには観光客も多いですよね。でもジャワ島には無いと考えて良いですね。
博士:まれじゃが、先日もジャワ島の南部の海岸地域でマラリア患者が報告されているから、完全に無いという事ではない。
助手:インドネシアでは、地方に行く場合にマラリアにも注意が必要という事ですね。予防薬があると聞いていますが、飲む必要がありますか?
博士:マラリアの流行地に滞在する場合には、予防薬の服用も薦められている。
助手:どんな薬ですか?
博士:予防薬、治療薬として古くから使われていた薬にクロロキンがある。クロロキンは妊婦や小児にも使えて安全性の高い薬じゃが、インドネシアで流行しているマラリアの場合クロロキン耐性のものが多く、役に立たないと考えられている。こうしたクロロキン高度耐性の地域では、代わりにメフロキンないし、ドキシサイクリンという薬が予防薬として効果があることが判明している。この内、当地で販売されているのはドキシサイクリンじゃ。
助手:毒消しサイクリングですか? それをどういう風に飲めばよいのですか?
博士:ドキシサイクリンじゃ。メフロキンの場合には週1回の服用で済むが、ドキシサイクリンの場合は、流行地に行く前日から毎日1回100ミリグラム服用する必要がある。それと、流行地から帰ってきても4週間は内服を続ける必要がある。
助手:ずいぶんと飲まなければならないんですね。副作用はありませんか?
博士:薬に副作用はつきものじゃ。そもそも妊婦や8歳以下の子供は禁忌じゃし、よく見られる副作用として、吐き気などの胃腸障害、光過敏症と呼ばれる酷い日焼け、皮膚炎などが知られている。
助手:副作用もきつそうですが、でも飲んでおけばとりあえず心配ないんですね。
博士:100%効く予防薬は無いと考えた方が良い。服用していてもマラリアになる事はある。
助手:きつい思いをして薬を飲んでもマラリアに罹ったらたまりませんね。
博士:うむ。確かに効果はあるが、やはりそれでも防蚊対策が第一じゃ。マラリアの予防薬についてはいろんな意見があり、飲まないでマラリアになった時に迅速な対応をする方が良いと考えている医師も多い。
助手:でもマラリアになった時と言ったって、素人に判断がつきますかね?
博士:確かに難しいが、とにかく流行地に行ってから1週間以後に悪寒、高熱等の症状が出た場合には、医療機関を受診してマラリアの可能性がある事を告げて検査してもらう必要がある。
助手:悪寒、発熱ですか。寒気がするんですか?
博士:典型的な場合、突然抑える事ができないほどの強い震えとともに、非常に寒い、冷たいという感覚が出現する。患者さんは頭から足の先まで布団をかぶって、歯をガチガチ鳴らす。次に40度以上の発熱が2~6時間続く。その後大量の汗をかいて患者さんは眠るに落ちるが、目覚めた時にはかなり気分が良くなっている。こうした事が、数日ごとに繰り返される。
助手:3日おきとか4日おきとかですね。
博士:うむ。その周期により三日熱、四日熱マラリアなどと呼ばれるが、典型的でない場合も多い。
助手:そうした症状からマラリアだと判断して医者に行くんでしょうが、流行地に滞在してから1週間以上後という事だと、日本で発病する場合もありますよね。特に短期滞在の旅行者の場合には。
博士:そうじゃな。その場合は医療機関を選ばなければいかん。日本の場合、一般の医療施設ではマラリアの治療に慣れていないからな。
助手:「風邪でしょう、念のため検査しておきますが1週間後にまたお出でください。」等という事になってしまうかもしれませんよね。
博士:そうじゃ。しかし、それが熱帯熱マラリアの場合だと診断の遅れは命取りになる。数日で脳性マラリアに進展して死亡してしまう事もある。
助手:怖いですね。その熱帯熱マラリアもインドネシアにあるんですか?
博士:インドネシアで流行しているマラリアの多くは三日熱と考えられているが、熱帯熱の報告もある。
助手:日本の場合だったら、どこの病院に行けば迅速に検査してくれますか?
博士:東京ならば、東京大学医科学研究所とか都立駒込病院の感染症科、大阪ならば大阪市立総合医療センター感染症科など数カ所を挙げる事ができるが、地方の場合は、それほど多くない。詳細については「マラリアの治療に関する相談所」のホームページ(https://www.forth.go.jp/keneki/kanku/disease/malaria/malchiryo.html)の緊急時に相談できる日本の医療機関のリストや「厚生労働省検疫所」のホームページ(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/useful_malaria.html)を参照すると良い。
助手:防蚊対策と言うのは、デング熱の時と一緒ですか?
博士:デング熱を媒介する蚊はネッタイシマカで昼間吸血活動をするが、マラリアを媒介する蚊はアノフェレスという種類の蚊で、通常夜に吸血を行う。
助手:そうすると夜の外出に注意、という訳ですね。
博士:うむ。できるだけ夜外出しない事。やむを得ず外出する場合には、厚手の明るい色系の長袖の服、ズボンを着用する事。肌は露出しないで特に足首の所も靴下などできちんと覆う事。昆虫忌避剤のスプレーを数時間ごとに衣服の上からでもかけておくこと等が薦められる。
助手:足首がポイントでね。女性と一緒ですね。それと夜、泊まる施設も問題ですよね。
博士:網戸付きエアコン付きの施設を選ぶ事。殺虫剤をベッドや机の下、洋服箪笥の裏、浴室やトイレなどにも充分撒いて休んでいる蚊を殺しておくこと。蚊帳を上手に  使う事。具体的にはベッドの下に巻き込むようにして、蚊が絶対に侵入できないようにしておく事。蚊帳に穴が開いていないかを充分確かめておく事、等々じゃ。
助手:それじゃあ、蚊どころか、女性もベッドに侵入して来れないですね。
博士:おっほん。短期間の旅行ならそれぐらい我慢しなさい。
助手:そうか、最初から一緒のベッドに入っていれば良いですね・・・
博士:好きにしなさい。そう言えば、アフリカ旅行中に一家でマラリアに罹ったケースでは、蚊帳に開いていた穴から1匹の蚊が侵入して家族4人同じ蚊に刺されたため感染したと推定された例がある。
助手:親ばかりか子供も罹ったんですか。それは悲惨ですね。
博士:そう、それと子供は感染すると高濃度で体内にマラリア原虫を保有しているキャリアであることが多いから、流行地ではたくさんの子供がいる場所に近い宿泊施設は利用しない方が良いと言われている。
助手:子供がマラリア・キャリアですか? セクシーなアメリカの女性歌手は好きですけど、マラリアのキャリアの方は避けたいですね。
博士:?? 何のことじゃ? 
助手:マライア・キャリーですよ。ご存じありません? よくMTVにも出ていますが。
博士:あーーー。マライア・キャリーね。ずいぶん遠い所に落ちを持っていったな。でもわしは、どちらかと言えば、大人の魅力でセリーヌ・ディオンの方が・・
助手:映画タイタニックの主題歌を歌っていましたね。でも、それちょっと古いですね。
博士:うむ、最近やっとビデオで見たんじゃ。新作の内は高いので借りなかったんじゃ。
助手:結構せこいですね、博士も。それにしてもあんまり脱線すると、編集部の方に没にされるといけませんから、このへんにしておきましょうよ。
博士:そうじゃな。タイタニックじゃないが、沈没する前に止めておこう。

 



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